児童虐待•子どもの貧困

児童虐待防止と「家庭における体罰禁止」

弁護士 峯本耕治

 大阪の西淀川で、またもや悲惨な虐待死の事件が発生してしまいました。子どもの行方不明事件として報道された後に、親の手による虐待死であることが明らかになったという経緯もあって、マスコミでセンセーショナルに取り上げられています。近所でも、学校でも、虐待の疑いが持たれていたにもかかわらず、最後まで児童相談所への通告が行われないまま死亡に至ってしまったケースで、何とか防ぐことができなかったのかと思ってしまいます。マスコミ報道されている情報だけでも、重大事件の典型的特徴がいくつか認められるケースだけに、少なくとも振り返って見たときには、防ぐことができたと思われるポイントがいくつかあったと想像されます。虐待死事件については、法令上管轄市町村による検証が義務づけられていますので、まもなく、その検証が始まります。また、大阪市教委による学校サイドからの検証も行われることになっています。私自身も、市教委の検証チームのメンバーになっているため、現時点において無責任に意見を述べることが難しい状況にありますので、検証結果が発表された後に、あらためて、私自身の意見を報告•紹介させていただきます。
 ところで、今回の西淀川事件でもそうなのですが、児童虐待ケースでは、「しつけ」の名の下に暴力がふるわれていることが少なくありません。「しつけ」が親の暴力を正当化する抗弁として主張されることが少なくないのです。日本の民法第822条1項には、親権を行う者は必要な範囲で子どもを懲戒することができる旨が定められており、この「懲戒」の方法として、一般的に、殴る、ひねる等の一定の暴力(有形力の行使)が認められる旨の解釈がとられています。実際に、頻度や程度は様々であっても、多くの家庭において体罰が用いられており、虐待を生む大きな土壌となっています。今回の西淀川の事件を含め、虐待による死亡ケースの多くが、「しつけ」の名の下の暴力によって発生していると言っても過言ではありません。
 私自身は、根本的に、児童虐待を防止するためには、法律において「家庭における体罰禁止」を明示•宣言する必要があると考えています。日本ではほとんど報道されていませんが、この「家庭における体罰禁止」について、近年、国連•子どもの権利委員会において大きな動きが出てきています。2000年以降、「児童虐待からの子どもの保護」について定めた子どもの権利条約第19条や「学校懲戒•規律等」について定めた第28条2項に関連して、「子どもに対する暴力の全面的禁止」に向けて、たいへん興味深い議論が行われてきているのです。
 そこで、今回は、この「子どもに対する暴力」をめぐる国連の議論や、この議論に基づく、子どもの権利条約第19条や28条2項の解釈について、簡単に紹介したいと思います。
 もともと、子どもの権利条約では、規定の文言上は、「家庭における体罰禁止」を明示していません。各国の文化や伝統的価値観にも関係する問題であるため、制定後の子どもの権利委員会の議論による解釈に委ねられたもので、この点に関する議論が、子どもの権利委員会において2000年からスタートし、2000年に「子どもに対する国家の暴力」、2001年に「家庭及び学校における子どもへの暴力」をテーマとして討議が行われました。そして、この2回の討議を受けて、子どもの権利委員会は、2006年に「子どもに対する暴力の撤廃」に関わる一般的意見(条約規定の解釈指針のことです)を発表しました。
 具体的には、委員会は、①「体罰」の定義を、「どんなに軽いものであっても、有形力が用いられ、かつ何らかの苦痛又は不快感を引き起こすことを意図した罰」と広く定義しました。その上で、②上記の条約19条、28条2項は体罰等に明示的に言及しておらず、条約の準備作業においても体罰に関する議論は行われていないが、条約締結後17年の間に家庭、学校その他の施設等において体罰等が蔓延していることが明らかになった以上、体罰横行が子どもの人間の尊厳及び子どもの権利を侵害することは明らかであるから、家庭及び学校その他の施設等における体罰を撤廃することが、締約国の即時かつ無条件の義務である、と述べています。そして、その上で、③各締結国に、家庭及び学校等において体罰等を禁止する立法措置を講じることを求めると共に、④「しつけ及び規律の維持という積極的概念までは拒絶しようとしているわけではない」としつつ、「子どもに対する罰の形態として暴力及び辱めを正当化するいかなる主張も容認できない」として、子どもの「しつけ」においてある程度の暴力(たとえば、「合理的な」又は「適度の」懲戒又は矯正)を認めるいかなる規定をも削除することを求めています。
 このように、子どもの権利委員会は、条約19条及び28条2項等が、家庭及び学校における体罰を明確に禁止していること、しつけや矯正、規律の維持等を目的とするものであっても、体罰を用いることは許されないことを明確に示したのです。
 子どもの権利委員会が把握しているところによれば、2006年までに100カ国以上が学校及び子どもを対象とする刑事制度における体罰を禁止し、また、家庭及び施設等の代替的養護における体罰の禁止を完了した国も、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、オーストリア、デンマーク、ドイル、オランダ、ニュージーランド等をはじめとして、増加してきています。
 この点、日本では、学校教育法第11条において学校における体罰が明確に禁止されていますが、学校現場においては、依然として体罰が用いられている実態があります。また、前述したように、民法第822条1項の解釈として、懲戒の一方法として、体罰が容認され、実際に、多くの家庭において体罰が用いられています。
 子どもの権利委員会は、このような日本の実態を踏まえ、日本政府に対して過去2回の子どもの権利条約の実施状況に関する審査において、「家庭における体罰を法律によって禁止」するよう繰り返し勧告しています。
 これに対し、日本政府は、何らの措置も講じていませんが、家庭における体罰が依然として広く行われている実態があり、それが明らかに虐待の土壌を生んでいること、親の子育て不安が増大し、養育スキルが低下する中で、むしろ、しつけを体罰に依存してしまう傾向が強まっている恐れがあること、家庭における体罰は、確実に子どもの暴力への学びを生み、その成長発達に大きな悪影響を与えるものであること、メディアによる影響等を含め社会全体に暴力的雰囲気が蔓延する中で、家庭•学校における体罰禁止は社会のあらゆる形態の暴力を減少させ、防止するためのポイントとなる可能性があること等を考えますと、今、家庭における体罰禁止を明確に打ち出し、体罰に代わる積極的で非暴力的な方法によるしつけを積極的に推進•啓発することが強く求められているものと思われます。
 そのためには、子どもの権利条約の意義•趣旨をあらためて確認し、委員会の取り組みや世界の流れをきちんと理解し、虐待防止の取り組みの前提として、「家庭における体罰禁止」の声を積極的に挙げていく必要があると考えています。


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