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2022年(令和4年)3月18日、大阪府泉南市立中学校に通う男子生徒(中学1年生•13歳)は、小学校時代の担任の不適切言動に発した不登校状態と、進学した中学校での同級生らからの暴言•暴行、中学校の不適切対応を苦にして、自宅近くの空き地で自死した。
男子生徒と家族は長い間、学校や教育委員会、SNSの相談窓口などに繰り返し相談していたが、事態は改善せず、亡くなる半年ほど前に要望していた転校についても、市教委は「学校に来られるようになってから」と拒絶した。
学校は子どもたちへのアンケートや遺族の聞き取りをしないまま基本調査を作成して市教委に提出し、市教委も男子生徒の自死後4ヵ月もの間、その事実を審議せず放置していた。男子生徒の自死を生徒が知ったのは半年以上経ってからであり、市長直轄の第三者委員会の初会合が開かれたのは、男子生徒が亡くなってからおよそ10ヵ月が過ぎていた。
この事件については、泉南市の付属機関「泉南市子どもの権利条例委員会」が「子どもの権利条約」に基づく検証を行い調査報告書をまとめたものの、山本優真市長が受け取りを拒否する異例の事態になった。
事件の経緯
男子生徒は小学生の頃から正義感が強く、クラスの輪に入れない子がいると気になって声を掛ける優しい少年だった。
男子生徒は小学校低学年の頃に眼の手術後に眼帯をしていたことを気味悪がられて、せっかくできた友達が近寄らないようになったことがあった。その時に男子生徒は「目の手術なんかせえへんかったらよかった」と話していたが、そのことは母親には話していなかった。
男子生徒が小学3年生の頃、擦り傷を作ってきたことがあった。「自分で転んだ」と言っていたが、母親が話を聞くと、「帰るのに歩いていたら、後ろから突き倒された」と言った。担任にも相談したが、男子生徒は誰にされたのかは言わなかった。
小学5年生だった男子生徒の兄は、音楽の授業で、教師から他の児童がいる前で、「あんたみたいな子は、仕事しようと思っても、試験受けても受からへん」などと暴言を吐かれた。教師は他の児童も巻き込んで男子生徒の兄を中傷した。男子生徒の兄は音楽の授業に出られなくなった。(男子生徒の兄の担任が保護者に伝えた。)
兄の件を学校の対応を含めて見ていた男子生徒は教師に不信感を持っていた。「お兄ちゃんの屈辱を晴らしたい」とも言っていた。音楽の授業の件で保護者は市教委に訴えたが、解決しなかった。
男子生徒も上級生に揶揄われるようになったが、教師に相談しても真剣に受け止めてもらえず、「お前の言うことは信用できない」と言われたという。同級生らからも冷やかされるなどのいじめを訴えていた。男子生徒は次第に学校に居場所を失い、不登校になった。
男子生徒は市の子どもの権利条約や条例委員会の存在を知り、一時は希望を持ったが、学校問題の窓口は結局、市教委だと知って残念がっていた。(男子生徒の母親は、男子生徒が電話で「校長先生に言っても、校長先生も解決してくれないんです」と話していたことを覚えている。)男子生徒は母親に「俺、子どもにいじめられんのは平気や。相手は子どもやもん。俺が闘っているのは学校組織やもん」と話していた。子ども同士のいじめは「仕方がない」と言っていた。
小学5年生の担任は、男子生徒が学校に行けない時は毎日のように迎えに来ていた。10時頃になって男子生徒が根負けして学校へ行くと、校門のところにいた別の先生に「ありがとう」と言っているのを見て男子生徒は「この教師同士は繋がってたんか」と思ったと母親に伝えた。母親は「そんな人を疑うばかりもよくない。信じてみよう」と男子生徒に言った。男子生徒が学校に行けずに家にいると、担任教師が自宅に来て、ドア越しに「学校に行こう」と手を引っ張られたことがあった。また、抵抗すると背負い投げをされたり、「目を見ない」などの理由で何度も顎を持ち上げられたり、時間割表の入った封筒で叩かれたりした。このことで事態が悪化したとされる。母親が教師の暴力的行為に抗議したが、教師は「たたくなんて、コミュニケーションの一環ですよ」などと居直った。
小学6年生になり校長が代わり、担任の教師は迎えに来なくなった。男子生徒は教師に心を開いていたので話したかったが、学校に電話をしても教師は出ず、折り返しの電話もなかった。男子生徒は「管理職からの評価を気にして、俺んとこ来てただけやん」と言って、失望して泣いていた。小学6年生の1年間は一度も学校に行けなかった。
男子生徒は人権の大切さを感じ、学校や市教委が法律を基に隠蔽を繰り返してきたことに対して、自分も法律でやり返そうとして『こども六法』を購入した。そして、学校や市教委とやり取りをしていると、言った、言わないになるので、学校や市教委とのやり取りをスマホで録音するように母親に助言した。
学校に見切りをつけていた男子生徒は、仕事で休めなかった母親を置いて、1人で転校の手続きをするために市教委に行った。
2021年4月 夢は検察官になることだった男子生徒は、司法試験を受けるために勉強を頑張らねばと、中学から心機一転、学校に通うことを決心した。
9月 男子生徒は進学した中学校で、同級生らから小学校時代の不登校を理由に「少年院帰り」「障がいやから」など侮蔑的な暴言を吐かれるなどのいじめを受けた。夏休み明けにMさんは中学校の担任教諭に被害を訴えたが、「誰が言ったのか特定できないから指導できない」などの対応を取られた。
男子生徒は兄に「先生のことはいじめも解決できないし信用できない」「自分は変わろうとしたのに大人は全く変わらない。無理、助けてくれない」と話していた。母親にも「生きていてもしょうがない」と漏らすようになった。
男子生徒は母親と一緒に学校や教育委員会に対して転校を求めたが、市教委事務局の岡田直樹教育部長は「せめて今の学校にこられる状態になった上で、この状況だったら(学校を)変わっても構わない」と説明して拒否した。
10月 男子生徒は9月中旬からの2週間は毎日通学していた。男子生徒は中学校の担任教諭に対して、自分が小学校時代に不登校になった理由(小学校時代に担任教師の暴力的対応)を教室で説明して欲しいと訴えたが、管理職たちに相談したがだめだと言われたとして拒否された。そのことで、男子生徒は中学校の教師への不信感を募らせて、10月以降不登校になった。
男子生徒は行政や民間の複数の窓口にも自ら訴えていた。同年10月9日、大阪弁護士会がいじめや不登校などの相談を受け付けるため、未成年者を対象に開設した「子どものためのLINEによる無料相談会」に、男子生徒は「俺は小学校の教師達にいじめられ、6年の1年間学校にいけなく、卒業証書ももらえなかった。兄も小学校五年の時授業中生徒全員の前で、将来働けず、ひきこもりになるといわれ、生徒達にもいじめられ、中学でもいじめられ、授業に出られずいく高校がないと言われている。教育委員会に言っても、教師が教育委員会の人と仲いいから何言われても平気と言われる始末。教師達は何の処分も受けず、何もなかったようにしていて、僕らだけつらい思いして、理不尽すぎ、復讐したいぐらい。」とメッセージを寄せた。添付された文書ファイルには男子生徒の名前が書かれていた。メッセージを見た担当の弁護士らは今後の対応方法などについて提案したが、具体的な返信がないままやり取りが途切れていた。
2022年3月18日 男子生徒は母親が仕事に出かけた後、「誰も知らない遠くへ行く」と兄に告げて家を出た。男子生徒が帰ってこないとして警察に捜索願いが出され、翌3月19日に自宅から徒歩5分の空き地で男子生徒の遺体が見つかった。
市教委指導課長や資料などによると、市教委は男子生徒の自死を春分の日が明けた3月22日に把握し、同日、大阪府教委の関係者と泉南市教委の関係者、校長、教頭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーらをメンバーとした市教委の調査委員会が開催された。翌日から遺族に接触を図ろうとしたが、男子生徒の自宅に弔問に行った際に、インターフォン越しに男子生徒の兄から弔問を拒否されるなど、連絡がつかなかったとのことである。
男子生徒の自死の背景を知るために母親は市教委に何度も連絡し第三者を入れた話し合いがしたいと訴えたが返答はなかった。
同月に市教委は事案の概要を調べる基本調査を開始したとしているが、遺族が「話し合いがしたい」と要望したにもかかわらず、「保護者から聞き取りができない」として、男子生徒が亡くなって5ヵ月近く経っても詳細な調査を行わなかった。
生徒が自殺で亡くなった場合は、「背景調査の指針(改訂版)」などに従って、初期調査や詳細調査をすることになっている。なるべく早いアンケート調査が求められるが、学校は男子生徒の自死を公表していないために子どもたちへのアンケートや遺族の聞き取りをしないまま、4月22日付で基本調査を作成して市教委に提出した。(市教委は(市教委の付属機関である)「いじめ問題対策委員会」の助言や指示をもらって、学校ともやり取りしていたと説明している。)
5月 通常、いじめ重大事態の調査は常設されている対策委員会が担うが、信頼関係が築けないことから、男子生徒の母親は男子生徒が生前話していた第三者機関「泉南市子どもの権利条例委員会」にメールを送って相談した。遺族は5年前(男子生徒の生前)から、市の窓口や教育委員会に相談していたが、何もしてくれなかったと主張した。
市長部局にある泉南市子どもの権利条約委員会は、個別問題の調査権はないものの、母親から聞き取りをして検証を行った。その結果、同年5月に市教委に対して、基本調査や市教委の学校の対処、その対処に対する評価や課題の認識についての報告を要請した。
6月 泉南市子どもの権利条約委員会は、男子生徒が亡くなった後、「子どもの自死が学校生活と何らかの関係があると推測されるのに、教育委員会に報告もされず、何ら審議もしていないのは理解できない」として、文部科学省の「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」、「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針(改訂版)」、いじめ防止対策推進法による必要かつ適切な対処をすべき、などとした意見表明を行った。その後、会議に参加要請していた教育長が欠席したことで、子どもの権利条例委員会の声に耳を傾けるように、再度、意見表明した。
7月1日 泉南市子どもの権利条例委員会は、山本優真市長に「子どもの権利条約に基づいて検証が求められる重大な課題」であるとする最終報告書を手渡そうとしたが、市教育委員会から「(内容に)『守秘義務の違反が疑われる』と待ったをかけられたことを理由に市長は受け取りを拒否した。市長は、市役所の秘書広報課長にも、報告書を受け取らないように指示した。(市教委の冨森ゆみ子教育長は、「報告の受け取りイコール(内容を市民に)公表ということだと、顧問弁護士から話を聞いていたので、公表する市長の責任になるので、その時点では(受け取るのは)適切ではないのかなと、市長に顧問弁護士からの話をお伝えした。」と話している。)
7月8日 泉南市子どもの権利条例委員会の吉永省三会長(当時)は、「教育委員会の5人の合議にかけないことには、何も始まらない。これが4ヵ月間何も報告されていないということは、何も始めていないのと一緒なんです。教育委員会制度の形骸化が、非常にそこに強く表れているのではないか。子どもの最善の利益は何かを一緒に考えていかないといけない。」として、報告書の全文を公開し、市教委の対応について「放置は異常事態」と批判した。
この問題が報じられ、市議会でも問題視されると山本市長は態度を一転させて報告書を受け取ると表明した。
7月21日 市長は、市全員協議会で、報告書の扱いについて法的に検討した結果、「条例委におわびした上で受理したい」とした。
8月2日 市長は当初、「報告書の内容に守秘義務違反がある」として最終報告書の受け取りを拒否していたが、顧問弁護士の見解が変わったとして、報告書を受理した。(この件について男子生徒の母親は、「条例委員会では情報漏洩があったという理由で、顧問弁護士の助言のもと、市長は受け取らなかった。情報漏洩というのは、『真実が明らかになるまで公表しないで、と遺族が言っている』と警察が非公式に伝えてきた、というものですが、市教委が、市長に受け取ってほしくないから、受け取らない方法を考えていたんだと思います。」と話している。)
8月 男子生徒の母親は市教委に直接出向いて、男子生徒と兄に対する学校のやり取りの記録や会議記録、相談した内容が記された文書の開示請求を行った。市教委は「いじめの調査に影響が出るから」という理由で、約1年間にわたって名前や日付以外は全て黒塗りの状態で全140ページの文書を開示した。これに対して、母親は不服を申し立てた。母親は「隠蔽体質ですよね。そういう体制でどう(教育委員会を)信用できるんですか。◯◯(男子生徒の名前)くんは死をもって、この問題をちゃんと解決に導きたかったんだと思う。だから私は声を上げ続けないと仕方ないんです。」と話している。

開示された140ページの文書。黒塗りで内容はわからない
画像出典:文春オンライン
8月24日 市教委は、これまで行った教員アンケートなどの基本調査の報告書を代理人を通じて男子生徒の遺族に渡した。報告書には家庭のトラブルについて言及する一方で、「本事案に関する情報は得られなかった」とする内容が記されていた。教諭らによるいじめについての言及はなかった。市教委指導課長によると、学校から聞いている話と遺族から聞いている話に違いがあるため、市長部局の再調査とは別に、市教委としても基本調査をベースとして検証するつもりであり、「黒塗り」の開示資料についても、調査委が終了した後であれば、守秘義務部分以外は出来るだけ開示したいと思っていると話している。
9月末 男子生徒が自死してから半年以上が経って、ようやく中学校のクラスメイトに男子生徒が亡くなった事実が伝えられた。担任によると、学校が公表するまでクラスメイトから男子生徒を心配する声が相次いでいた。担任は取材に対して「『(名簿に男子生徒の)名前がないのは何でなん?』と聞かれました。いろんなことを聞かれました。「◯(男子生徒の名前)君いま何しているの?』とか『最近見ないけどどうしたん?』とか。(Q複数から?)きています。(Qどう答える?)『いまは何も答えられへんねん』というふうに答えております。」と話している。しかし、学校が作成した報告書には、「◯(男子生徒の名前)について同学年の生徒から教職員への問い合わせや生徒間の噂等は確認できていない」としている。クラスメイトの声もなかったことにされた。
10月3日 学校と市教委は男子生徒の自死についての初めて保護者説明会を開いた。市教委の担当者は、「こういう説明ができなかったということは、本当に申し訳ないことでございます。それは私たちが、ご遺族からの信頼を得ることができていなかったから」と話した。保護者からは「対応が遅い」「子どもが悩みを安心して話せる環境なのか」など、学校と市教委への不信の声が相次いだ。
10月 中学校の校長と市教委の指導課長が男子生徒の自宅を訪ねてきた。学校側が訪ねて来るのは初めてだった。校長はお悔やみの言葉を述べた。男子生徒の母親は、第三者委員会による調査を求め続けていたが実現しない中、男子生徒の死の真相を知るために「◯(男子生徒の名前)君に対するいじめはあったんでしょうか?」と2人に尋ねたが、「調査に影響が出るので答えは差し控える」と繰り返すだけだった。
2023年3月20日 泉南市子どもの権利条例委員会は、市長や教育長、第三者委員会などに「まずしなければならないことは、◯◯◯(男子生徒の氏名)が自死した真実に真摯に向き合うということです。『第三者委員会の調査』を盾にして何も語らないーもしそのような現状が続くならば、それは子どもの最善の利益を第一に考慮する義務を放棄するものです。」とする呼びかけ文を提出した。
7月11日 市教委が「いじめの調査に影響が出るから」という理由で、約1年間にわたってほぼ黒塗りの状態で開示していたことに対して母親が不服を申し立てていた件について、情報開示について審査する市の第三者機関が「黒塗りは適切ではない」と判断し、市教委は黒塗りの大半を外した文書を遺族に初めて開示した。しかし、教育委員会の会議で話された内容など、今なお、黒塗りの部分も多い。(市教委は文書を全面黒塗りで遺族に開示していたこれまでの対応について、「非開示としたことは適切ではなかった」としている。)
開示された文書には、「2021年9月」に男子生徒が上級生から「背中を殴られた」と教師に訴えていたことが記されていたが、学校側の記録では男子生徒や母親とも話した上で、「あいさつ程度のスキンシップであると確認できた」と結論付けていた。しかし事実は、これは「入学間もなく」起きた出来事であり、「スキンシップだとは思っていない」と母親は証言している。
調査委員会
調査委員会の設置•調査内容
2022年9月22日 市長直轄の市長部局での第三者委員会設置が決定した。
2023年1月27日 第三者委員会の第1回会合が開催された。
この事件を巡っては遺族と市教委の信頼関係が崩れ、事実上調査が継続できない状態になったために、調査主体を市長部局に求めた遺族の意見を尊重し、市長部局が第三者委員会を設置して改めて調査する異例の事態になった。
第三者委員会では、いじめの有無、自殺の背景や、学校と市教委の対応に問題はなかったかといった点について検証する。委員には、保護者推薦を加える予定。
調査委員
委員長:宮島繁成弁護士(大阪弁護士会)
職務代理:岡田敏之(日本生徒指導学会)
委員:大松美輪(日本学校ソーシャルワーク学会)
武田さち子(一般社団法人ここから未来)
土井智也弁護士(和歌山弁護士会)
深谷薫臨床心理士(和歌山県臨床心理士会)
山室和彦(一般社団法人日本児童青年精神医学会)
泉南市による虚偽報告文書提出事件
泉南市の山本優真市長は「ご遺族に寄り添いつつ、先入観なく、公平•中立性を守りながら」調査を進めるとしたが、市長が第三者委員会に提出したこれまでの経過をまとめた文書が虚偽報告文書であることが判明した。
市長が第三者委員会に提出した文書には『4月下旬から市教委は、第三者委員会を立ち上げ調査を行いたい旨を保護者にお伝えした』として、男子生徒が亡くなった翌月の2022年4月に第三者委員会による調査を教育委員会が遺族に提案したと記載されている。
しかし、同年4月28日に録音された男子生徒の兄と市教委の指導課長との電話のやり取りによると、「第三者委員会ってどうなっているんですか?」という男子生徒の兄の質問に対して、市教委の指導課長は「我々の方でその委員会を立ち上げて設定するという用意はいまのところはございません」と回答している。
2023年2月2日に第三者委員会に提出された文書が事実かどうか記者に尋ねられた山本市長は、「そのように泉南市教育委員会から話があったということで、第三者委員会を開くにあたっての事務局で整理をされて、そういう話だったというふうに考えてございます」として、文書は教育委員会の報告を基に作ったと説明した。
市教委は当初は「第三者委員会を立ち上げ調査を行いたい旨を保護者に伝えた」と強弁していたが、記者に録音音声を聞かされると言葉を濁し、取材の後、泉南市は文書の内容は「事実ではない」と認めて訂正するとした。(遺族は、今後も教育委員会が第三者委員会に虚偽の報告をするのではないかと不信感を募らせている。)
男子生徒の母親のコメント
「一番の願いは(第三者委員会に)◯◯(男子生徒の名前)に寄り添ってほしいです。私しかおれへんし、今ここで立ち止まったら、何もかもが無駄になってしまう。◯◯(男子生徒の名前)君への罪滅ぼしになるかもしれない。だから、つらいけど戦い続けないと仕方ないかなって思います。だって、たった13年ですよね。本当だったら、もっといろいろ、いい人生歩めたかもしれないけど、こんなところ(泉南市)に産んでしまって、こんなところで育てたから。もっとちゃんとしたところで育てたら、こんなことにならへんかったかもしれない」
男子生徒の母親の思い
男子生徒は亡くなる2日前、「ママには借りがある」と言って母親の肩を揉んでくれたという。男子生徒は母親の前では最後まで気丈に振る舞っていた。
男子生徒の母親は、「◯◯(男子生徒の名前)がまるでなかったかのようにされてきました。私がこうやって声をあげ続けて、大人に絶望して亡くなった◯◯(男子生徒の名前)の存在を世の中に知ってもらえたら、◯◯(男子生徒の名前)が少しでも報われるのではと思います。」と話している。
関連資料
中1自殺で兄が証言「先生は信用できないと」…暴力相談にも学校側は『スキンシップ』(2023年7月13日)
出典:MBS NEWS