定時制高校 青春の短歌

県立神戸工業高校 元教諭 南悟
「教育機関がもし若者たちをいかに生きるべきか、また、他の人々と共同して生きるにはどうすればよいかを教えないで、個々人が生計を立てる方法だけ教えるとすれば、教育機関としての価値はない。」
イギリスで今を遡ること263年前の1748年に創設されて以来現存する私立学校キングスウッド校の創設者ジョン•ウエスレーの言葉である。
現在の学校は、ともすれば個人情報の保護やプライバシーの尊重という風潮の中で、生徒や親の生活に踏み込もうとしない傾向がみられます。けれども、学校で生活する全ての子どもたちは、それぞれの家庭生活の中で生きており、その生活を抱えて学校に来るのです。貧困と格差、虐待や暴力、親の争いや離婚など、子どもにとっては耐え難い状況も家庭生活にはあるのです。子どもの荒れや悩みの原因を突き止め、解決の手立てを考えて行くことも学校、教師には求められているのです。
友の支え ~今、幸せです~
定時制苦しみ悩んで辞めようと思った時の友の励まし 稲葉星次 (2005年)
稲葉君も忘れることの出来ない生徒の一人です。
他人のために、これほどまでに尽くすことの出来る人間がいるのだと、驚きを持って知らされた生徒です。とはいえ、彼の場合、中学時代からの荒れた生活をそのままひきずり、定時制高校に入学してからも、なかなか立て直すことが出来ませんでした。
定時制高校に入学してからは、周りの生徒や先輩たちの働き学ぶ姿に励まされ、彼も派遣アルバイトなどに登録して色々な仕事に従事していました。ところが、夏休み頃から、再び中学時代の遊び仲間に関わるようになりました。彼の家には、昼夜を分かたずいつも十人位の友だちが集まり遊びまわっていました。母子家庭のお母さんも、仕事が忙しくて充分な関わりができなかったようです。
それでも、夏休み明けからも学校を続け、休みがちながらも、二年に進級しました。ところが、二年に進級した三学期の終わり頃に警察の世話になってしまいました。ある日の早朝、自宅に警察官五~六人が尋ねて来て、友だちの目の前で逮捕されたのです。
うかつにも、私は、警察からの連絡があるまで、彼の荒れた生活ぶりを知りませんでした。学校以外の地元の少年たちとの付き合いまではなかなか把握出来ていませんでした。「犯罪行為」で警察の取調べを一週間ほど受け、その後は「少年鑑別所」で約四◯日間身柄を拘束されました。その時点で、学校も終わりだなと覚悟したようです。少年が法を犯す行為で警察の世話になると、少年鑑別所に送られ、そこで家庭裁判所の調査官の調べを受け、その結果に基づいて、その少年をどのように社会復帰させるのかという「処分」が決まります。処分の種類は、大きく分けて少年院送致と保護観察です。保護観察とは一定期間、家庭に戻して様子を見るものです。
稲葉君の場合、二年生の学年末試験が受けられません。このままでは、退学か留年が決まります。稲葉君も、外界と遮断された部屋に一人閉じ込められて、中卒で生きることの過酷さを思ったようです。
学校関係者で会議を持ち、彼の処遇を検討しました。結果は、「犯罪行為」の償いについては、警察と家庭裁判所が決めて彼に負わせるので、学校に戻そうということになりました。その背景には、誰よりもクラスの仲間の働きかけがありました。
今まで、定時制で苦労してきた仲間を、見捨てることは出来ないというという生徒たちの動きがありました。
そこで、家庭裁判所に相談して、鑑別所の中で、試験範囲の内容をレポート形式で勉強してもらい、それを提出することで三年生への進級が可能となりました。彼も、まさか、戻れるとは考えてもみなかったので、この上もない喜びを感じたようでした。
学校に戻ってからの彼は、休まずに登校し、仕事も周囲の生徒同様、体を張って汗を流す地道な作業、主に倉庫の仕分けやパソコンの打ち込みに従事しました。
その頃の歌です。
パソコンでゴルフカートの基盤検査今日の作業は一日千枚
私は、彼に定時制高校生が自分の経験と生きる決意を発表する、神戸市内の「生活体験発表会」(弁論大会)に出て、自分の体験を話すように勧めました。すると、二つ返事で引き受けてくれました。その原稿作成段階で知ったことなのですが、彼は、見知らぬ青年二人のためにアパートを借りて共同生活を始めていました。理由は、店で出会った貧乏な青年二人が居場所が無くて困っているからと言うのです。いぶかしく思った私は、早速家庭訪問しました。
純朴そうな三◯代後半の二人の青年が礼儀正しく私に深々と頭を下げて挨拶してくれました。聞くところによると、二人ともに、結婚詐欺にあって女性に騙され多額の借金を背負い込んで、一人住まいのアパートの家賃も払えずに困っている時に、稲葉君が助けてくれたというのです。二人は、「先生、私らは立派な生徒さんに出会えて幸せです。」と言ってくれました。三人での共同生活ですが、2DKのハイツを稲葉君が借り受けて家賃を支払い、一室に二人を住まわせているのです。家事と炊事は三人で分担しながら、それぞれが仕事に就いていました。学校からの帰りが遅い稲葉君は、晩御飯がいつも用意されているので助かると喜んでいました。
私は、また悪い仲間と付き合いはじめたのではと、心配になり、疑いの気持ちで家庭訪問をした自分が恥ずかしく思えました。
生活体験発表会の当日、稲葉君は数百人の生徒の前に立ち、これまで自分が犯してきた過ちと反省を述べ、神戸工業高校の仲間への感謝と真面目に生きる決意を語ってくれ、最後に「人の助けになれる私は、今、幸せです」と結びました。会場に大きな拍手が鳴り響きました。
今の世の中にも、このような青年がいることに大きな希望と勇気をもらいました。
定時制高校の統廃合が進む今、その政策の見直しを求めて行くためにも、引き続き働きながら学ぶ生徒たちの営みと定時制高校の持つ教育力を紹介して行きます。
この夏休み、私も兵庫県に福島県から招いた親子疎開キャンプの手伝いをしましたが、乳幼児に与える放射能汚染は深刻なもので、生まれ育ったふるさとを追われ見知らぬ土地で生活せざるを得ない人々の苦悩に胸が潰れる思いがし、放射能汚染への政府、行政の対応の緩慢さに憤りを覚えました。東日本大震災で亡くなられた方々、今も行方不明の方々のご冥福をお祈りし、被災者の悲しみと遠く続く生活再建の苦悩に寄り添って行きます。
生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)
南悟(著) / 岩波書店 / 2009年11月21日
<内容>
昼間働き夜学ぶ、定時制高校の生徒たちが指折り数えて詠いあげた31文字。技巧も飾りもない、ありのままの思いがこめられている。働く充実感と辛さ、生きる喜びと悲しみ、そして自分の無力への嘆き。生き難い環境の中で、それでも生き続けようとする者たちの青春の短歌。
ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春
南悟(著) / 解放出版社 / 2000年5月1日
<内容>
失敗や挫折や障害が癒され、人として生きる力が与えられる定時制高校の生徒たちの短歌、作文を紹介。NHKドキュメンタリー番組で放映。
定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)
南悟(著) / 岩波書店 / 1994年7月20日
<内容>
「大阪で道路舗装し夕映えの神戸の夜学に車を飛ばす」毎日、汗と油にまみれて働きながら、通学する夜間定時制高校の生徒たち。短歌に詠みこまれた喜び、悲しみ、悔しさ、そして恋─青春いっぱいの姿を教師が綴る。
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