定時制高校 青春の短歌
県立神戸工業高校 元教諭 南悟
日系ブラジル人生徒の歌
昨年の夏、心を痛める事件が多く続きました。とくに、七月に宝塚市で起きた日系ブラジル人の中学三年生の女子生徒が自宅に放火して家族を死傷させた事件は無念でなりません。若い母が亡くなり、父と妹の二人が重傷です。日系ブラジル人の家族を襲った悲しい事件ですが、生活の過酷さと日本語の困難さによって、親が孤立し子どもが親を恨むという結果が招いたものです。
日本語の獲得や生活支援に行政的な不備が指摘されています。
おっさんが首になった検品の作業任され頑張りとおす 山本マルコス•アキラ (2007年)
日系ブラジル人生徒の一年生の時の歌です。最近の定時制高校には、南米のペルーやブラジル、ベトナムや中国など日系人以外の外国人生徒も学んでいます。
マルコス君は、海外移民の子弟として、祖父母の祖国日本に家族五人で移住してきました。彼が小学三年生の九才で兄が一四才の頃です。日本語は、日本人ボランティアの教室で学びました。日本語の習得は、家族の中では、年若い年齢の彼が一番よく身についていますが、ご両親は話せず、兄もなかなか大変で苦労されています。マルコス君は小学校に入って力を付けましたが、兄は日本の学校へは行かずに、百円ショップの日本語ドリルで「あいうえお」を身に付けたとのことです。
マルコス君の定時制高校入学を機に、幸い兄弟二人が同じ職場である、精密機械の工作会社で働くことができました。その会社には、外国人が二七人も働いていて、マルコス君はもちろん一番年下でした。
頑張り屋の彼は、一年生の秋には、工場では責任のある大事な検品の作業が任されるようになったと喜んでいました。ただし、仕事のあまり出来ない日本人のおじさんの代わりだと言うことを気にはしていました。
二年生になった時の歌です。
NCのプログラム入れ旋盤加工ストレスかかえ夜学に向かう (2009年)
マルコス君は、広い工場内の数十人はいると思われる建物の一角で大きな旋盤の前に立ち、鉄材や合金を加工するための数値をコンピュータ入力し、切削加工していました。旋盤は鉄工所にある主要な工作機械で、真鍮、ステンレス、アルミニュームなどの材料を固定回転させて、バイトと呼ばれる工具刃で削り、穴あけ、ねじ切りなどを行うものです。この日のマルコス君は、ステンレス製の歯車のような物を加工していました。
働き始めて一年半が経つのでたいていのことは自分で出来るそうですが、時々難しい図面が来るので、周りの先輩に教えてもらいながらやっているらしく、笑顔のマルコス君を見守る周囲の目が優しかったです。
ところが大変なことに、この大手の精密機械の工作会社も世界的な金融不況の影響で大幅に仕事量が減り、二七人もの日系人•外国人が解雇されてしまったのです。ただ一人マルコス君だけが、残りましたが、どうやら定時制高校通学への配慮があったようです。マルコス君のお兄さんは解雇されましたが、次の仕事が決まらず、失業保険だけの生活も間もなく終わるので困っています。その上、同じ系列の化学工場で働いていた日本語の話せない両親も、同時期に解雇されました。
ブラジルへの帰国も考えられましたが、半年後兄はブラジル料理店に、両親は遠隔地で子どもと別れることになったものの食品加工工場の寮に入り働き始めることができました。
宝塚市で起こった日系ブラジル人女子中学生の事件を聞いて、マルコス君は「ブラジル人は明るい性格やのに、日本の生活が大変やからなあ、僕らも一緒」と顔を曇らせました。家族で日本に来てから、生活の不安定さから父がアルコール中毒症に陥り、そのことで夫婦げんかが絶えず一家離散になりかかったことがあるそうです。祖国日本に帰ってきても、大人は日本語の勉強もできず、低賃金の派遣社員として一日一二時間以上の仕事をしてもぎりぎりの生活であったと言います。過酷な生活の中で家族間にきしみが生じブラジルに戻るか日本に残るのか、長い間の葛藤が続いたそうです。それでも、日本の生活が続けてこられたのは兄の人柄の良さであり、マルコス君の定時制高校で元気に働き学ぶ姿であったといいます。定時制高校の存在が家族の崩壊を食い止めたのです。
その後、事件を受けて多くの市民が集まり、日系外国人の生活を支援しようと学習会を重ねながらNPO法人「ともにいきる宝塚」が組織されました。そして、今年の11月には、行政の支援も受けて居場所作りの拠点としての「きずなの家 ともにいきる宝塚」がオープンしました。日系外国人の生活支援、学習支援、日本語教室などの取り組みを目指しています。
これら一連の動きに、マルコス君は彼の生活体験発表や、日本語学習の指導者に役立つべく講師として何度も招かれ積極的に関わってきました。
来春、4年間の定時制高校を卒業しますが、幸い学校紹介で中堅会社で正社員として内定しており、定時制で世話になった恩返しができるからと、今後とも関わって行きたいと語ってくれています。
生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)
南悟(著) / 岩波書店 / 2009年11月21日
<内容>
昼間働き夜学ぶ、定時制高校の生徒たちが指折り数えて詠いあげた31文字。技巧も飾りもない、ありのままの思いがこめられている。働く充実感と辛さ、生きる喜びと悲しみ、そして自分の無力への嘆き。生き難い環境の中で、それでも生き続けようとする者たちの青春の短歌。
ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春
南悟(著) / 解放出版社 / 2000年5月1日
<内容>
失敗や挫折や障害が癒され、人として生きる力が与えられる定時制高校の生徒たちの短歌、作文を紹介。NHKドキュメンタリー番組で放映。
定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)
南悟(著) / 岩波書店 / 1994年7月20日
<内容>
「大阪で道路舗装し夕映えの神戸の夜学に車を飛ばす」毎日、汗と油にまみれて働きながら、通学する夜間定時制高校の生徒たち。短歌に詠みこまれた喜び、悲しみ、悔しさ、そして恋─青春いっぱいの姿を教師が綴る。
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