保育•教育

定時制高校 青春の短歌 その④

兵庫県立神戸工業高校 南悟

※ 仕事の歌

 卒業生たちが詠み残してくれた短歌が、色紙で八◯◯枚を越えます。いずれも、定時制高校で働きながら学んだ若者の汗と埃の結晶です。
 柑橘のプンと匂える本船のハッチ広げて検査品取る  森山孝一
 測量器持ちて寒風の中を行く勾配続く山林の道  丸山重治
 鉄工所僕の仕事はフライス盤仕上げの削り幅五◯ミリ  山形勝利
 全日をやめて仕事はしんどいが夜間に来れてめっちゃ良かった  松山肇
 足場にて可愛い娘見とれ踏み外し番線からまりニッカびりびり  峰山良平
 汗流しスコップ持って土ならしもうひと頑張り三時の休み  平野勇気
 四年間挫折しかけて立ち直り学校仕事みんなの支え  本田敦

※ シンナーをやめ

 シンナーも暴走もやめ一年生三回目やけど卒業するぞ  上田健一
 落第や退学を繰り返し、三度目の一年生をやり直そうと入学してきた上田君の初めての歌です。入学当時は、なかなか授業に入れず、いつも校門周辺や近所の公園などで、仲間大勢でたばこを吸ったりバイクを乗り回したり、シンナーの吸引もなかなか止められなかった生徒でした。教室へ入るように促すと「うるさい、眼鏡割ったろか!」と言うようなありさまで、このような状態が長く続きました。私たちも見放さず付き合いましたが、学校どころではありませんでした。
 そのような彼に転機が訪れたのは、彼女の支えと励ましです。三度目の一年生を始めた頃からは、彼女も度々学校へ来て、教室でも彼を見守るように共に授業を受けていました。クラスの仲間の支えも大きいものがありました。そのような時の歌です。
 一九才夜学四年目この冬はわが子が生まれる待ちどおしいなあ
 彼女の妊娠と出産によって、彼の顔付きもしっかりしたものになっていきました。仕事も焼肉店から、神戸港の船舶関連の工場に移り、鋼線のワイヤーを手で編む作業に従事しました。その時の歌です。
 ワイヤーの手編み作業しんどいが俺の仕事で妻と子支える

※ 三四才の再入学

 遠き日に手放したりし高卒の二文字追って夜学に通う  関尾孝一
 三四才で一年生に入学を果たした生徒です。彼もまた、生き難い人生を歩んで、ようやく定時制高校に辿りつきました。
 母子家庭の長男の彼は、全日制高校でアルバイト就労することで、働く母を助け弟妹二人との四人家族の家計を支えてきたのです。ところが、苦労を重ねたお母さんは、彼が高校三年の秋に病気で倒れ亡くなりました。そのために、長男の彼が高校を退学して印刷会社で働き、弟と妹との三人の生活を支えるために働き続けてきました。私は、この話を初めて教室で聞いた時、一見豊かに見える今の時代にあっても、このような若者がいるのだと、思わず落涙していました。こうした生活が一五年間も続き、ようやく妹が結婚し、弟も独立してくれたので、改めて高校生活をやり直そうと一年生から入学したのです。


生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)

南悟(著) / 岩波書店 / 2009年11月21日
<内容>
昼間働き夜学ぶ、定時制高校の生徒たちが指折り数えて詠いあげた31文字。技巧も飾りもない、ありのままの思いがこめられている。働く充実感と辛さ、生きる喜びと悲しみ、そして自分の無力への嘆き。生き難い環境の中で、それでも生き続けようとする者たちの青春の短歌。


ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春

南悟(著) / 解放出版社 / 2000年5月1日
<内容>
失敗や挫折や障害が癒され、人として生きる力が与えられる定時制高校の生徒たちの短歌、作文を紹介。NHKドキュメンタリー番組で放映。


定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)

南悟(著) / 岩波書店 / 1994年7月20日
<内容>
「大阪で道路舗装し夕映えの神戸の夜学に車を飛ばす」毎日、汗と油にまみれて働きながら、通学する夜間定時制高校の生徒たち。短歌に詠みこまれた喜び、悲しみ、悔しさ、そして恋─青春いっぱいの姿を教師が綴る。



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