保育•教育

定時制高校 青春の短歌 その⑥

兵庫県立神戸工業高等学校 南悟

短歌がひきだすもの

 たいていの生徒は文章表現が苦手です。原稿用紙一枚書くのがやっとの生徒や、一行書くのも大変な生徒がいます。小•中学校を通じて、作文と聞けば心を閉ざし、さらには、鉛筆を持つことも、椅子に座ることも困難な生徒たちがいる中での「短歌」作りです。
 けれども、生徒たちには、身を削りながら働いている事実があり、家庭や社会の重圧の中で、けんめいに耐え生きている姿があります。悲しかったこと、口惜しかったこと、辛かったこと、腹が立ったことを内にためこみ、生きているのです。
   少ししか通えなかった学校に楽しみながら今通っている
   シンナーも暴走もやめ夜学生三回目やけど卒業するぞ
   母が死におやじ失踪兄と俺夜学四年目今生きている
   鉄工所ピアスおしゃれが仕事するいつもガンバル茶髪マン
   定時制通い続けて八年間父母の苦労に報いて卒業
   電動のノコギリ疲れる一瞬にわれは小指の先を失う

震災を詠む

 忘れることのできない震災から十一年が経ちました。貴重な神戸の若者の証言です。
   かけつける友の住まいは崩れ落ち生き埋めの友にわれは無力  坂居保
   震災で隣家の家族がれき下埋もれた声と焼け野原  岡本亜沙美
   木枯らしのガレキの中を探しあて吐く息白く新聞配る  池沢和昭
   震災で神戸デパート焼け崩れ涙ながらに仕事失う  乾忍
   手に負えへん崩壊家屋数えきれんジャッキアップしまくりまだ五◯軒  上野義弘
   寒風に更地の境界鋲を打ち立ち会い終えて測量始める  橋本誠一
   配送中高速道より見渡せば復旧する町われを励ます  福田伸輔
短歌を詠むということは、さながら、多くの挫折や、様々に困難な生活を余儀なくされてきた生徒たちが、その苦しみの中から自分の尊厳を取り戻し、生きる勇気が与えられる作業のように思えてなりません。これからも、定時制高校生の歌を、彼らの生活の中から紡ぎだしていきたいものです。

(この項終わり)


生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)

南悟(著) / 岩波書店 / 2009年11月21日
<内容>
昼間働き夜学ぶ、定時制高校の生徒たちが指折り数えて詠いあげた31文字。技巧も飾りもない、ありのままの思いがこめられている。働く充実感と辛さ、生きる喜びと悲しみ、そして自分の無力への嘆き。生き難い環境の中で、それでも生き続けようとする者たちの青春の短歌。


ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春

南悟(著) / 解放出版社 / 2000年5月1日
<内容>
失敗や挫折や障害が癒され、人として生きる力が与えられる定時制高校の生徒たちの短歌、作文を紹介。NHKドキュメンタリー番組で放映。


定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)

南悟(著) / 岩波書店 / 1994年7月20日
<内容>
「大阪で道路舗装し夕映えの神戸の夜学に車を飛ばす」毎日、汗と油にまみれて働きながら、通学する夜間定時制高校の生徒たち。短歌に詠みこまれた喜び、悲しみ、悔しさ、そして恋─青春いっぱいの姿を教師が綴る。



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