事件の要因

高等学校の校門について

 一面の二枚の写真を見比べてください。この二枚の写真は、どちらも日本の高等学校の校門を撮った写真です。あなたは、どちらの門をくぐって毎朝登校したいと思いますか。
 上の写真は、皆さんも何度かこの通信を通して目にされたことのある写真です。石田僚子さんが、通われていたころの校門です。
 下の写真は、新潟の敬和高等学校の校門です。今年、十周年の記念の集まりに来ていただく榎本栄次さんのおられる高等学校です。私もまだ足を運んだことはありませんが、一度行ってみたいなと思うような校門風景だとは思いませんか。
 校門とは、学校にとって何なのでしょう。外の世界を遮断する砦なのでしょうか、遅れまいと、必死に入ろうとする学生を締め出す道具なのでしょうか。
 石田僚子さんが、亡くなられてから写真の門は、長い間閉ざされ仮通用門が造られました。登校時間は、八時半から八時四十五分になりました。いったい八時三十分にどういう意味があったのでしょうか。このような書き方をすれば必ず反論する人々がおられます。「どんどんエスカレートして示しがつかなくなる。規則は厳しくしなくちゃいけないのだ。」
 石田僚子さんの事件裁判が終わるや否や、門扉は取り去られ、その日のうちに溶解されました。門扉周辺は、破壊し尽くされました。
 三枚目の写真は、三千万円以上もの巨費を投じて造られた新しい高塚の門です。美しい花壇が造られましたが、誰が見てもわかるメモリアルのようなものは、一切造られませんでした。この門からは、どんな感じを受けますか。
 学校の門とはいったい何なのでしょう。門は、一つの顔ではないでしょうか。学校は、常に誰に対しても開かれていることを伝えることのできる門が必要なのではないでしょうか。私たちの周りに、いったいどれだけそのような門の学校があるでしょうか。
 こどもたちは、親を選ぶことも、時も、環境を選ぶこともできません。ただ唯一学校だけが誰に対してでも開かれ受け入れられる場所のはずです。ところが現実はどうなのでしょうか。私たち大人は、ややもすると自分にとって都合の良いこどもだけを受け入れていないでしょうか。そのような誘惑に負けずに、常にどのようなこどもも受け入れることのできる本当の意味での大人になりたいものです。

写真
① ロシナンテ社『月刊むすぶ』「教育がこの国を亡ぼす」曽我 陋
② 敬和の教育ブックレット1「あるく学校」榎本栄次 より

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