社会

裁判員制度とは何でしょうか。

弁護士 金子武嗣

裁判員制度が2009年5月までには実施されます。
これは、2004年5月に成立した「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」、いわゆる「裁判員法」といわれるものです。この裁判員制度について説明したいと思います。
◯誰がそれを提唱したのですか?
これは、1999年に内閣に設置された司法制度改革審議会が「刑事訴訟事件の一部を対象に、広く一般の国民が裁判官と共に、責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる新たな制度」を提唱したものです。
◯どうして、こんな制度ができたのでしょうか?
これまでの刑事裁判に問題があったからです。日本では、裁判は職業裁判官によってなされてきました。立法•行政•司法の分野で、国民が全く関係のない分野が司法だったのです。日本の刑事裁判は99.8%が有罪であり、無罪がたった0.2%と異常な状況でした(なお、否認事件では有罪が99.04%、無罪が0.96%)。起訴されればほぼ間違いなく有罪だということです。1980年代には死刑確定事件(免田•財田川•松山•島田各事件)について、再審無罪判決が相次ぎました。重大事件で慎重にされたはずの死刑判決にも誤判があることが明らかになったのです。それは、裁判官が「起訴された場合には即有罪である」といういわば予断をもって裁判をしていたからです。日本の裁判官は知らず知らずのうちに、国民から遊離し国民の常識から離れた判断をしていたのではないかということです。刑事裁判の機能不全•閉塞状況の打破には、国民の常識を導入しなければならないという高い理想をかかげたものなのです。
◯すべての事件が対象となるのでしょうか?
そうではありません。裁判所は1審である地方裁判所だけです。対象の事件は、死刑または無期懲役•きんこにあたる事件と、法定合議で故意の犯罪行為で被害者を死亡させた罪の事件(例えば、殺人、強盗殺人など重罪)とされています。その意味では裁判員の責任は重大となります。
◯裁判員裁判はどのようにされるのでしょうか。陪審とはどうちがうのですか?
アメリカ•イギリスなどの陪審は、市民から選ばれた陪審員だけで有罪•無罪をきめ、有罪の場合の量刑は裁判官が決めています。
しかし、日本の裁判員裁判は、職業裁判官と裁判員が一緒に、有罪無罪また量刑も決めるのです。被告人に死刑を言い渡す場合もでてきます。還俗として職業裁判官3名と国民から選ばれた裁判員6名で構成されます(例外で職業裁判官1名と裁判員3名の場合もあり)。裁判員の関与する評決は、全員の過半数でかつ裁判官及び裁判員のそれぞれ1名以上賛成が必要です。
◯裁判員はどのように選任されるのでしょうか?
裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者の中から選ばれます。一年ごとに裁判員候補者名簿が作成されその中から無作為抽出されます。欠格事由があります。法律専門家は禁止されます。また事件関係者や不公平な裁判をするおそれのある人は不適格とされます。70歳以上、学生、病人などは辞退できます。事件の期日が決まりますと、裁判所は候補者名簿から候補者をくじで選定し、裁判所に呼び出します。裁判所は欠格事由の有無など調査し、当事者から選任しない請求がなされ、ようやく裁判に関与できることになります。裁判員は、公判期日に出頭しなければならず、評議に出席し意見をのべなければなりません。また、秘密を守る義務があります。
◯裁判員は無償ですか?
日当•交通費がでます。最高裁は、日当について裁判にかかる時間に応じて3~4段階に分け、上限を1万円程度とする方針ということです。
◯裁判員に選ばれると仕事はどうなるのですか?
休まなければなりません。雇い主は従業員が裁判員のために仕事を休んだ場合に解雇や不利益処分をしてはなりません。確かに選ばれると負担が大きくなります。
◯裁判員は長く拘束されるのですか?
裁判所は審理に2日以上かかる事件については連日的開廷して継続して審理しなければならないことになりました。裁判員の負担を軽減するためです。そのため、当事者は公判前整理手続きで争点を整理し、証拠を吟味することになります。訴訟当事者はできるだけ迅速に裁判をすることで裁判員の負担を軽減しようとしています。
◯裁判員制度に問題点はないのでしょうか?
問題点としては、①裁判員は選ばれると辞退できません。②また自営業の人は困ることになります。③また裁判員になるための質問に答えなければなりません。④守秘義務もあります。⑤被告人は裁判員裁判は拒否できません。⑥裁判員裁判になると時間的制限があり弁護人が十分な弁護ができません。⑦また場合によっては死刑判決まで言い渡すことになります。などが指摘されています。
私は指摘された問題点があることは認めます。しかし、同じ問題は陪審裁判でもあります(但、選択ができないことや、量刑まで決める点はどうかと思いますが)。しかし、陪審をしている国では国民の義務として参加しています。これらの国でも負担を考え消極的な人もいますが、参加すると考え方がかわるといいます。
刑事裁判への市民参加は大きなインパクトを与えます。
裁判所や検察庁は最初は裁判員裁判導入に反対でした。今の刑事裁判でいいということだったのです。しかし、弁護士会はちがっていました。刑事裁判は閉塞状況にあったからです。裁判員裁判は職業的法律家だけに委ねられていた刑事裁判を確実に変えていくでしょう。変えなければならないのです。裁判員はお飾りでは駄目なのです。裁判官に丸め込まれてはならないのです。
私たち弁護士も連日開廷の準備でこれまで以上にしんどくなります。それでもやりきらなければならないと思っています。今まで国民とは全く無縁であった刑事裁判に市民が参加されることが、日本の刑事裁判と司法を大きく変えていくのです。


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