戦争の記憶

弁護士 金子武嗣
私は、昭和23年(1948年)生まれで、団塊の世代です。生まれたのは、北陸の富山市でした。若い方々は、おわかりにならないでしょうが、私たちの小学校時代の夏は、冷房もありませんし、ラジオぐらいしかありません。暑い夏に涼むための縁台があり、親子の会話がなされました。今からみれば牧歌的な時代でした。
母の話は、いつも空襲の話でした。
実は、富山市は、昭和20年8月2日午前0時36分から111分間にわたる大空襲がありました。死者約3000人、負傷者約8000人。富山市内は、アメリカ軍のB29の174機による焼夷弾•ナパーム弾が落とし続けられ、一面焼け野原になりました。
アメリカは戦争の天才です。日本の家が紙と木で作られていることを知り、燃やすために焼夷弾•ナパーム弾をつくりました。焼夷弾は水をかけても消えないのです。それだけでなく逆に燃え上がるのです。「灼熱地獄」でした。家を焼き、人を殺すためでした。
ベトナム戦争で、密林の中のゲリラを確実に殺すために「ボール弾」を投下し、イラク戦争で砂漠の中でウラン劣化爆弾を使用したのと同じでしょう。
残酷なことに、アメリカ軍は、蚊取線香のように、富山市の外縁から中心に中心に向かって爆弾を落としていきました。渦巻きの外に逃げられた人は、かろうじて助かったでしょうが、中に逃げた人は助かりませんでした。「灼熱地獄」の中で人々は水を求め、神通川などの河原に逃げ込みましたが、そこは「熱湯」だったそうです。翌日の神通川の河原には死体が折り重なっていたそうです。母は、目の前で焼夷弾が当たり「顔が燃えて亡くなった」という人の話をしてくれました。
戦争画終わる約2週間前の話です。
夏になると、くりかえし、くりかえし、空襲の話を聞かされました。
小さな子どもであった私にとっては怖い話でした。正直いって聞くのが嫌でした。空襲から約10年、母も誰かに話しをしなければ、やりきれなかったのでしょう。
最近出版された岩波新書で「戦争で死ぬ、ということ」で、島本慈子さんが、敗戦の1日前の8月14日にあった「大阪大空襲」の話を書かれています。
空襲で亡くなった人の悔しい思いは同じです。
父も戦争の話をしてくれました。かっこのいい話ではありませんでした。父は駆逐艦に乗っていて潜水艦に沈められ、3日3晩海に浮かんでいたそうです。恐怖の中で、見えたのは、血と油と火の海と累々たる屍でした。浮いている間、魚が父の足をつついていたということです。「何回も死ぬと思った。よく生きて帰れたと思う。」といっていました。
父と母の話の中味はちがいましたが、結論は「戦争はしてはいけない。」というもので一致していました。
私は、お化けの出てきそうな暑い夏に、こんな嫌な話を耳にタコができるくらい聞かされていました。
約10年前の1995年(平成7年)10月20日、高知での日弁連の第38回人権擁護大会がありました。戦後50年の年で、「戦後50周年•平和と人権に関する宣言」が提案されていました。
私はこの歴史的宣言の採択で、賛成の意見を述べることになりました。
ちょうどこの年の1月に、神戸•淡路大震災が発生しました。多くの人が無惨に亡くなりました。私も震災の現場に行きましたが、小さい時の「空襲」の話と重なりました。
結局、戦争の真実は、「地べた」から見ないとわからないものなのでしょう。
第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦を描いた映画を小さい時に見ました。「史上最大の作戦」でした。ジョンウエインなどのオールスターキャストで、上陸していく連合軍の兵士は「かっこよく強い」存在でした。
弁護士になって、同じノルマンディー上陸作戦をスピルバーグ監督の「プライベイト•ライアン」の冒頭に見ることがありました。上陸しようとする兵士からは、水と血と死体しか見えません。兵士の多くが、恐怖のなかで無差別に殺されていました。決して「かっこよく強い」存在ではありませんでした。父が見た風景は、後者だったのでしょう。
島本さんの本には「戦争で死ぬ」ということの実態が淡々と記録されています。
最近の映画でクリント•イーストウッド監督の硫黄島の2部作も同じ視点でした。
私自身は戦争体験はありませんが、まだ戦争がどういうものかは、感覚としてわかる場所にいます。
私が意見をのべた第38回人権擁護大会の10年後、私が議長となった鳥取の第48回人権擁護大会で日弁連の初めての「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」がなされました。
憲法の改正問題が、政治の現実的課題となっています。
安倍晋三首相は公約に「憲法改正」を掲げました。
これからが、「正念場」となるのでしょう。この国がどうなるかがかかっています。
戦争で死ぬ、ということ (岩波新書)
島本慈子(著) / 岩波書店 / 2006年7月20日
<内容>
戦争はリアルに語られているだろうか?「大量殺人」の実態と、そこから必然的に生み出される「人間の感情」が見失われてはいないか?自らも戦後生まれである著者が、自らの感性だけを羅針盤として文献と証言の海を泳ぎ、若い読者にも通じる言葉で「戦争」の本質を伝えるノンフィクション。未来をひらく鍵がここにある。
プライベート•ライアン
トム•ハンクス(出演), トム•サイズモア(出演), スティーブン•スピルバーグ(監督) / 1998年7月24日公開
<内容>
スティーブン•スピルバーグ監督が、第2次世界大戦時のノルマンディー上陸作戦を題材に、極限状態に置かれた兵士たちの絆と生きざまを描いた戦争ドラマ。凄惨な戦場を徹底したリアリズムで描き、1999年•第71回アカデミー賞で監督賞、撮影賞など5部門を受賞した。
父親たちの星条旗
ライアン•フィリップ(出演), ジェシー•ブラッドフォード(出演), クリント•イーストウッド(監督) / 2006年10月21日公開
<内容>
クリント•イーストウッド監督が、太平洋戦争最大の激戦だったといわれる硫黄島の戦いを日米双方の視点から描く映画史上初の2部作。兵士たちは国のために戦ったが、若者たちは友のために死んだのだ、という作品の根底に流れる一貫した視点で、戦場における英雄と本当の勇気とは何かを問いかける。激しく感情を揺さぶる、真実の物語。
硫黄島からの手紙
渡辺謙(出演), 二宮和也(出演), クリント•イーストウッド(監督) / 2006年12月9日公開
<内容>
アメリカ側から硫黄島を描いた「父親たちの星条旗」と対をなす本作は、硫黄島の戦いに参加した一人の若き日本軍兵士の目を通して、約2万2千人の日本軍を率いたアメリカ帰りの名将•栗林忠道中将らの戦いを描く。硫黄の臭気が立ち込め、食べ物も飲み水も満足にない過酷な灼熱の島で掘り進められる地下要塞。このトンネルこそが、圧倒的なアメリカの兵力を迎え撃つ栗林の秘策だった。最後の最後まで生き延びて、本土にいる家族のために一日でも長く島を守り抜け―。「死ぬな」と命じる栗林の指揮のもと、5日で終わると思われた硫黄島の戦いは36日間にも及ぶ歴史的な激戦となる。
ハンバーガー•ヒル
アンソニー•バリル(出演), マイケル•ボートマン(出演), ジョン•アーヴィン(監督) / 1987年8月28日公開
<内容>
1969年、南ベトナムのアシャウ渓谷にある丘、ドン•アプ•ビア=通称“937高地”でアメリカ軍第101空挺師団と北ベトナム軍との間で繰り広げられた攻防戦「アパッチ•スノー作戦」を描いた作品であり、ベトナム戦争の悲惨さを戦場に送られたばかりの若い新兵を中心に描いている。
歴史の精神を感じながら 金子武嗣著作集
金子武嗣(著) / 日本評論社 / 2019年6月10日
<内容>
基本的人権擁護とこれを支える職業である弁護士、という価値観に忠実に活動を続ける一弁護士の理論と軌跡が凝縮された著作集。
私たちはこれから何をすべきなのか 未来の弁護士像
金子武嗣(著) / 日本評論社 / 2014年7月25日
<内容>
弁護士•弁護士会の歴史と著者の弁護士としての足跡を重ね合わせ、今と未来に向けて弁護士の存在意義と新たな社会的役割を提言する。
弁護士業務と刑事責任: 安田弁護士事件にみる企業再生と強制執行妨害
金子武嗣(編集), 石塚伸一(編集) / 日本評論社 / 2010年4月1日
<内容>
依頼者の法律相談に親身に応じた弁護士がなぜ強制執行妨害で起訴されなければならないのか。安田好弘弁護士に対する刑事責任の追及に対して、それを不当と考える人々が事件の奥に潜む問題の核心に迫る。
死刑廃止法案 (年報•死刑廃止2003)
保坂展人, 金子武嗣, 菊田幸一, 大山武, 他(著), 年報•死刑廃止編集委員会(編集) / インパクト出版会 / 2003年7月15日
<内容>
いまや世界的な潮流である死刑廃止の流れを受けて、日本でも「死刑制度調査会設置法案」が上程されようとしている。同時に導入される特別無期刑など、この法案の論点•問題点を分かりやすく整理。これに先立つこと50年前の国会で、羽仁五郎、正木亮らによる死刑廃止をめぐる貴重な論議も収録。ライアン•イリノイ州知事の演説掲載。
Sponsored Link














