なぜ、日本では反戦運動が起こりにくいのか?

弁護士 峯本耕治
米国の対イラク戦争に向けて、きな臭いにおいが増してきました。この対イラク戦争の話はいつ、どこから出てきたのでしょうか?「アルカイダ殲滅」とか、「ビンラディンは何処に行った?」とか言ってたかと思うと、知らない間に、ターゲットが再びイラクになっていたという感じです。かろうじて、国連安保理の決議によりイラクへの国連査察団派遣が実施されました。しかし、ビンラディンを取り逃し、米国経済が依然として厳しい状況にある中で、ブッシュ政権は国内的にはガス抜きを必要としています。しかも、ラムズフェルド国防長官をはじめとするブッシュ政権高官の軍需産業との強いつながりや、これまた、ブッシュ政権と関係が深い石油資本がイラクの石油資源に大きな魅力を感じていることからしますと、ブッシュは、何がなんでも戦争を始めるのではないかという気がしてなりません。多分、皆さんもそんな気がしているのではないかと思います。
しかし、他方で、欧米では、反戦運動が大きな盛り上がりをみせつつあります。米国内でも首都ワシントンやサンフランシスコで大規模な反戦デモが行われ、全米各都市でも数千人規模のデモが繰り返し行われています。ヨーロッパでも、イタリアで100万人でも、イギリスのロンドンでも40万人、各国で反戦運動が盛り上がりを見せています。この欧米各国で展開されている反戦運動が、ブッシュを止めることができる唯一の可能性となっています。
こういう反戦運動の盛り上がりは、日本ではなかなか考えにくいことです。それどころか、日本では、欧米で行われている反戦運動の報道すら、ほとんど行われていません。一体マスコミはどうなってしまったのかと思いますが、こういう世界の動きを見ていると、「政治的に行動する、表現する」ことへの私たち日本人の力のなさをどうしても感じてしまいます。
同じアジアの国の韓国でも、在韓米軍による子どもの死亡事故がきっかけになって反米運動が、すさまじい盛り上がりを見せています。少し前には、サッカー•ワールドカップの米国戦での韓国人選手のゴール後の反米パーフォーマンスもありました。冬季オリンピックのスケートショートトラックで、金メダルを取ったと思われた韓国人選手が失格にされ、米国人選手にメダルを奪われたことへの怒りを、ワールドカップの舞台で表現したのです。このようなことも日本では考えにくいことで、韓国人の表現力の強さは日本人と比べものになりません。
しかし、実は、こういう表現力の強さは、アジアの国でも韓国に限ったものではありません。イギリス留学中に、中国人•タイ人などたくさんのアジアの学生に出会いましたが、彼らが、欧米人の中で自分の意見をはっきりと気後れすることなく表現することに本当に驚かされました。私を含めて同じ場にいた日本人学生との間には、大きな差がありました。
こう見てくると特殊なのはむしろ日本人なのかも知れません。しかし、この特殊性は自分自身が育ってきた環境を振り返ると簡単に理解できます。というのは、家庭でも学校でも、自分の意見を持って、それを表現することを奨励されたことはありませんでしたし、学校教育においても、集団教育が重視される中で、子どもたちは多くの場合、情報の受け手であって、子どもたち自身の意思表示や表現を重視し、それを育てる雰囲気や環境にはなかったからです。当然のことながら、多くの子どもたちは、例えば、校則改正への取り組みのような、自分の生きている世界や環境を改革するために意思表示をしたり、運動を起こしたりする経験を持っていません。ましてや、政治的な運動をすることなど想像もできないことです。
こういう環境の中で育ってきた子どもたちが、大人になって、突然、積極的な表現を始めたり、何かの改革のために立ち上がることは考えにくいことです。私も弁護士という仕事を始めて、「自分の意見を持って表現すること、改革のために運動していくこと」の価値や重要性を知りましたが、今でも、それを相当意識しないと、ついつい流されてしまいます。
対イラク戦争の話から突然日本人の表現力のなさに飛んでしまいましたが、私は、「この表現力をいかに育てるか。」という点が、これからの教育を考える上で最も重要な点だと思っています。その理由を書くといつまでかかるかわかりませんが、簡単に言うと、自分を表現する力が人間にとって非常に重要な能力で、それが、対人関係技術•能力の基本にあると感じているからです。今、子どもたちの世界が変化し、子どもたちの表現力が一層低下し、それによって対人関係能力も低下してきていると言われています。
本当は今回は、この「子どもたちの世界の変化」について書くはずだったのですが、また、別のことを書いてしまいました。次回は約束を守りたいと思います。
忘れていましたが、「明けましておめでとうございます。」今年は?今年も?良い年になりますように!
子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして
清水克之(著), 佐藤拓代(著), 峯本耕治(著), 村井美紀(著), 山野良一(著), 松本伊智朗(編集) / 明石書店 / 2010年2月5日
<内容>
子ども虐待と貧困との関係を乳幼児期から青年期までの子どものライフステージに沿って明らかにする。執筆者のまなざしは、親の生活困難に向けられ、子どもと家族の社会的援助の必要性を説き、温かい。貴重なデータも多数掲載している。
子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて
小林美智子(著), 松本伊智朗(著) / 明石書店 / 2007年12月6日
<内容>
公権力の介入を求めるまで深刻化した子ども虐待。だが介入は虐待防止の切り札といえるのか。2005年の日本子ども虐待防止学会シンポジウムの記録を基に編まれた本書は、日英の経験をふまえ、虐待を防ぐために本当に必要な「ケアする社会」を構想する。
スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信
山野則子(編集), 峯本耕治(編集) / ミネルヴァ書房 / 2007年8月1日
<内容>
はじまったばかりのスクールソーシャルワーカーの活躍を描く。スクールカウンセラーや養護教諭とともに様々な問題に悩む親子に、社会的問題を含めて解決にあたる事例を紹介します。今までにない児童生徒へのアプローチに非常な関心がもたれています。
子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題
峯本耕治(編集) / 明石書店 / 2001年12月12日
<内容>
先進的なシステムをもつイギリスの児童虐待防止制度の詳細と、実際の運用状況を具体的に紹介する。ライン等も示し、問題点にも触れる。
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