教育

しんどい1年でしたが、さて、今年は?

弁護士 峯本耕治

 明けましておめでとうございます。
 2004年も、色々な事件や出来事の連続でした。過去最強の台風の上陸や人型中越地震等の災害も相次ぎ、最後にはスマトラ沖地震という、びっくりするくらい大きな地震が待っていました。数年前に、今回大きな津波被害を受けたインド洋のモルディブに行ったのですが、丁度その頃に、地球温暖化による海水面の上昇によって100年後には、多数の島からなる国土の大半が消えてしまう可能性があるということで、国が地球温暖化の原因となっている多国籍企業を相手に差止めか損害賠償請求の訴訟をするという話が出ていました。今回の津波は、国土が水没する危険性を実感させるものとなったようです。これだけ世界的な規模で災害が続くと、地球全体が大きく動き始めている感じで、近い将来予想されている南海沖地震や東海地震等に次いても、現実的な不安を感じてしまいます。
 子どもの問題に目を移しても、本当に様々な事件が起こりました。2004年は、まさに1月に発覚した岸和田市の児童虐待事件に始まりました。岸和田事件は、不登校の背景にある虐待の問題を初めてクローズアップさせ、様々なシグナルが存在したにもかかわらず防止できなかった学校•児童相談所の双方に様々な課題を突きつける事件となりました。岸和田事件以降も重大な虐待事件が相次ぎ、虐待事件がマスコミ報道されない日がないというような状況が最後まで続きました。もちろん、重大な虐待事件はほんの氷山の一角で、その背後には、多数の保護や援助を必要とする子どもと家族がいます。また、4月に改正された児童虐待防止法では、DVが心理的虐待の一つとして定義され、DV=児童虐待が法的に確認されました。このことからも分かるように、DV問題は本当に深刻な状況にあります。虐待•DVという家族の中の暴力の問題が、決して限られた一部の問題ではないことが確認された一年でした。
 少年事件については、やはり、佐世保市の小学生殺害事件が衝撃的なものでした。この事件は、ある意味で、時代を象徴する事件ではなかったかと思います。事件の背景として、生育過程における親子の情緒的な愛着関係の不足が指摘されると共に、子どもたちの友人関係の歪み、ネットやメールが作り出す子どもたちの特殊な世界が浮き彫りになりました。身体的虐待やネグレクトなどはっきりとした虐待環境の場合だけでなく、外形的には問題を感じない家族•親子関係の中でも、同様の愛着関係不足が生じることは珍しいことではありません。たとえば、親の期待が強すぎて子どもが心理的に支配されているような場合、親が子どもの意見や気持ちをゆったりと受け止めることができずに、杓子定規に厳しい躾を繰り返している場合等には、子どもが親によって受け入れられている、愛されているという実感を持てず、情緒的な愛着関係が十分に築かれないことがあります。親自身の未熟化やコミュニケーション能力•対人関係能力の低下、少子化等による親の期待の肥大化、子育てスキルを学ぶ機会の減少、孤立感の強まり等の中で、このような情緒的愛着不足が生じやすい環境が生まれてきています。また、友達とつながっていたい、友達に認められたいという気持ちが強すぎるために、人の評価に過敏になり、友人関係の中で自分を素直に表現することができない子どもたちが増えています。そのような気遣いの多い人間関係の中で、子どもたちは傷つきやすく、ストレスを抱えやすくなり、時に、それが強い攻撃性を帯びることにつながります。ネットやメールにコミュニケーションは、そのような子どもたちの関係を助長し、子どもたちの間に、時に極端に視野の狭い、特殊な世界を生み出す危険性を持っています。このように親子関係と友人関係の二重の意味で、佐世保事件は今を象徴する事件だったと思います。
 もう一つ、最後の最後に、奈良の小学生誘拐殺人事件の犯人と目される人物が逮捕されたとのニュースが飛び込んできました。近年、幼児や小学生を対象にした、わいせつ目的の誘拐、連れ去り事件が急増しています。加害者像としては、対人関係能力に欠ける未熟な人格、極端な視野の狭さや短絡性等が見えてきます。ここでも、やはり、対人関係能力の低下や未熟化がキーワードとなっています。しんどい事を書き並べてしまいましたが、さて、今年はいったいどんな年になるでしょうか?
 ところで、5年前から様々な教育•福祉関係者の人と一緒にやってきましたTPC(教師•親•子どものための)教育サポートシステム研究会が昨年10月にNPO法人化され、「NPO法人TPC教育サポートセンター」としてスタートしました。当面の目標を①学校におけるキーパーソン•コーディネーターの養成、②校内ケース会議の導入、③スクールソーシャルワーカーの導入に置いて、これまでの月1回の定例研究会に加え、学校•教育委員会への研修講師の派遣、校内ケース会議のコーディネーターの派遣、自前の研修講座の開催など、様々な活動に取り組んでいきたいと思っています。
 確かに、子どもを取り巻く環境は、どんどんしんどくなってきていて、それに対して、ほとんど効果的な対策がとられていない現状を、全体的に見ていると、何とも言えない閉塞感を感じます。しかし、自分たちが実際に出会う子どもや家族、教師や学校等との関係の中では、色々と工夫しながら改革•改善できることがあり、また、つながりの中で、色々な喜びや充実感があります。一応、TPCのモットーである、「自分たちができる身近な取組から」「みんなで、少しでも楽しみながら」「無理をせずに、うまくチャンスを掴む」を基本に、「ねばり強く」を元気に活動していきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。


子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして

清水克之(著), 佐藤拓代(著), 峯本耕治(著), 村井美紀(著), 山野良一(著), 松本伊智朗(編集) / 明石書店 / 2010年2月5日
<内容>
子ども虐待と貧困との関係を乳幼児期から青年期までの子どものライフステージに沿って明らかにする。執筆者のまなざしは、親の生活困難に向けられ、子どもと家族の社会的援助の必要性を説き、温かい。貴重なデータも多数掲載している。


子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて

小林美智子(著), 松本伊智朗(著) / 明石書店 / 2007年12月6日
<内容>
公権力の介入を求めるまで深刻化した子ども虐待。だが介入は虐待防止の切り札といえるのか。2005年の日本子ども虐待防止学会シンポジウムの記録を基に編まれた本書は、日英の経験をふまえ、虐待を防ぐために本当に必要な「ケアする社会」を構想する。


スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信

山野則子(編集), 峯本耕治(編集) / ミネルヴァ書房 / 2007年8月1日
<内容>
はじまったばかりのスクールソーシャルワーカーの活躍を描く。スクールカウンセラーや養護教諭とともに様々な問題に悩む親子に、社会的問題を含めて解決にあたる事例を紹介します。今までにない児童生徒へのアプローチに非常な関心がもたれています。


子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題

峯本耕治(編集) / 明石書店 / 2001年12月12日
<内容>
先進的なシステムをもつイギリスの児童虐待防止制度の詳細と、実際の運用状況を具体的に紹介する。ライン等も示し、問題点にも触れる。



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