保育•教育

定時制高校 青春の短歌 震災を詠む④

県立神戸工業高校 南悟

 寒風に更地の境界鋲を打ち立ち会い終えて測量始める
 がれき積む大開通り巻き尺に地図首っぴき家屋の調査  橋田誠

 測量事務所で働く生徒で、一年生時一六歳の仕事のようすです。
 交通機関が途絶した中、東灘区の自宅から兵庫区の事務所へ、片道十数キロの道のりを、毎日自転車に乗って仕事に出ました。
 焼け野原となった更地の境界をつけるのに、住民どうしの争いを見るのが辛いと言います。クラスの障害を持っている生徒に、自分の弟の障害を話しながら励ます少年です。

 解体で重機の入らぬ狭い路地ビクビクしながら瓦を落とす
 頭にタオル粉塵マスクブレーカー埃もうもう解体作業  森口隆男

 学校へは、桃色や紫色の鳶職ズボンを風になびかせながらやって来ます。紅顔の美少年ですが、左目上から顔にかけて二◯数針の傷跡があります。
 解体作業中、身の丈二倍ほどあるブロック壁が倒れ、「危ない!」という声で顔を上げたところを直撃され、重傷を負って二ヶ月近く入院しました。退院後、再び家屋解体作業を続けて来ました。
 文字どおり、身を削りながら働いており、首すじや髪に白い砂埃がこびりついた彼ですが、いつも柔和な笑顔を絶やしません。

 焼け跡に俺の工場生き残りおかげでしんどい忙しい  水田幸二

 長田区のケミカルシューズの工場地帯は、一面の焼け野原です。彼はその次の日、遠くから歩いて、毎日通い慣れた町の惨状に目を覆いながら、自分の工場を訪れました。きっと焼け崩れているだろうと思った建物を、焼け野原の中にポツンと建っている姿で見つけました。その感動は、うまく口では言い表せないと言い、後には面白がって「焼けておれば楽でおれたのに」と、しきりに語っていました。
 家や家族や仕事を失った人のことを知っているからこそ、平静の仕事に打ち込める自分をそのように言うのでしょう。

 船舶の復旧作業溶接の火の粉は俺と作業着を焼く  上川博史

 神戸港の施設も船舶も壊滅的な被害を受けました。
 上川君は、入学いらい三年間、大手造船所に納入する船舶部品と機器の組み立て、熔接作業に従事してきました。一年時の歌は次です。

 工場で潜水艦部品組立てる図面見るたび頭いかれる

 震災いらい目の回る忙しさです。先日、船のポンプや発電機などの台座となる「補機台」というものを熔接していて、余りの忙しさから疲れていたのか、スパッターという火の粉が作業着の胸部分に燃え広がり、たちまちにして上半身火に包まれました。自分一人ではどうすることも出来ず、周りの先輩たち三、四人が取り囲み、服を引き破って消し止めてくれました。けれども、火傷は大きく、胸に三◯センチ四方、右手の平にも大きな傷を受けました。
 痛みで夜が寝づらいと言い、右手に包帯を巻いた、たどたどしい文字でこの歌を詠みました。


生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)

南悟(著) / 岩波書店 / 2009年11月21日
<内容>
昼間働き夜学ぶ、定時制高校の生徒たちが指折り数えて詠いあげた31文字。技巧も飾りもない、ありのままの思いがこめられている。働く充実感と辛さ、生きる喜びと悲しみ、そして自分の無力への嘆き。生き難い環境の中で、それでも生き続けようとする者たちの青春の短歌。


ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春

南悟(著) / 解放出版社 / 2000年5月1日
<内容>
失敗や挫折や障害が癒され、人として生きる力が与えられる定時制高校の生徒たちの短歌、作文を紹介。NHKドキュメンタリー番組で放映。


定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)

南悟(著) / 岩波書店 / 1994年7月20日
<内容>
「大阪で道路舗装し夕映えの神戸の夜学に車を飛ばす」毎日、汗と油にまみれて働きながら、通学する夜間定時制高校の生徒たち。短歌に詠みこまれた喜び、悲しみ、悔しさ、そして恋─青春いっぱいの姿を教師が綴る。



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