児童虐待問題と学校改革

弁護士 峯本耕治
明けまして、おめでとうございます。
今年は何から書こうかと悩みましたが、やはり、今一番関心のある「児童虐待防止のために学校に必要な視点とシステム」について書きたいと思います。
余り表だっては言われていないことですが、実は、児童虐待の一つであるネグレクト(親の不適切な養育、養育怠慢•放棄)の意味を広く捉えると、「現在、小中学校の1クラスに2人程度の虐待を受けている子どもがいる」と言われています。親からきちんと食事を与えられていない、衣類等の面倒を見てもらっていない、親がしばしば帰ってこない、病気をしてもほったらかしにされている、などがネグレクトの典型です。
この数字は、小中学校併せて13万人以上に上っている不登校の子どもたちよりも多い数字です。ですから、学校で虐待をどのように発見するか、虐待を受けている子どもたちと家庭に対して、どのようにして援助の手を差しのべていくかというのが、本当に切実な問題となっています。
「家庭で虐待を受けている可哀想な子ども?」
「授業中うろうろしたり、すぐに暴力をふるう等の問題行動をする厄介な子ども?」
「児童虐待」という言葉を聞いたとき、私たちがイメージするのは、当然のことながら、前者の子どもです。しかし、学校と虐待の問題について考えたとき、難しいのは、多くのケースにおいて児童虐待のサインが、子どもの問題行動として現れる点です。「すぐにパニックに陥る」「落ち着いて座ってられない」「暴力的」「反抗的」「拒否的」「極端な愛着行動」「不安定な感情」等々。これらはいずれも虐待を受けている子どもが示す典型的な問題行動です。つまり、最初に挙げた、2つの子ども像は、虐待を受けている同じ子どもの2つの側面にすぎないのです。
このような子どもの問題行動に出会ったとき、教師は当然何らかの対応をしなければなりません。その時に、これらの行動を、問題行動としてだけ捉えていたのでは、それが虐待のサインであることに気づくことはできません。「何故?」「どうして?」というように、問題行動の背景•原因に思いをはせることが必要になります。
対応の面でも同じです。問題行動を示す子どもに対して、それが許されない行動であることのメッセージを送ることは必要ですが、同時に、問題行動の背景•原因を意識•理解し、更に、子どもの成長段階や心理を踏まえての余裕を持った暖かい対応•指導が求められます。しかも、教師が一人で抱え込んで対応しようとすると、なかなか解決にいたらず、かえって行動がエスカレートし、教師が無力感や閉塞感に陥り、バーンアウトしてしまうことが少なくないので、関係する教師がチームとして対応することが必要になります。
当然のことで、簡単なことのように聞こえますが、このような対応は、これまでの典型的な生徒指導、つまり、教師の権威を背景とした強制的な生徒指導とは全く異なっています。また、教師は、自分の苦労や悩みを他の教師にうち明け、チームとして対応するということに慣れていません。
まさに、個々の子どものニーズに応じた対応•指導が求められるわけで、実は、学校における虐待問題への取組は、子どもを集団として捉える、これまでの生徒指導のあり方に重大な見直しを迫るもので、重要な改革の契機となる可能性を秘めています。
前にも一度紹介しましたが、イギリスの「特別な教育的配慮が必要な子ども」(Children With Special Educational Needs)の教育システムは、それを制度として確立したものです(もちろん、虐待を受けた子どもだけを対象にしたものではありませんが)。
その改革に向けた具体的取組の一つとして、最近、「学校におけるケース会議の活用」を色々なところで、訴えています。
中途半端になりましたが、今回はここまでで、次回にもう少し詳しく、考えていることを紹介したいと思います。
それから、12月に明石書店から「子どもを虐待から守る制度と介入手法ーイギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題」を出版しましたので、是非、お読みください。
子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして
清水克之(著), 佐藤拓代(著), 峯本耕治(著), 村井美紀(著), 山野良一(著), 松本伊智朗(編集) / 明石書店 / 2010年2月5日
<内容>
子ども虐待と貧困との関係を乳幼児期から青年期までの子どものライフステージに沿って明らかにする。執筆者のまなざしは、親の生活困難に向けられ、子どもと家族の社会的援助の必要性を説き、温かい。貴重なデータも多数掲載している。
子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて
小林美智子(著), 松本伊智朗(著) / 明石書店 / 2007年12月6日
<内容>
公権力の介入を求めるまで深刻化した子ども虐待。だが介入は虐待防止の切り札といえるのか。2005年の日本子ども虐待防止学会シンポジウムの記録を基に編まれた本書は、日英の経験をふまえ、虐待を防ぐために本当に必要な「ケアする社会」を構想する。
スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信
山野則子(編集), 峯本耕治(編集) / ミネルヴァ書房 / 2007年8月1日
<内容>
はじまったばかりのスクールソーシャルワーカーの活躍を描く。スクールカウンセラーや養護教諭とともに様々な問題に悩む親子に、社会的問題を含めて解決にあたる事例を紹介します。今までにない児童生徒へのアプローチに非常な関心がもたれています。
子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題
峯本耕治(編集) / 明石書店 / 2001年12月12日
<内容>
先進的なシステムをもつイギリスの児童虐待防止制度の詳細と、実際の運用状況を具体的に紹介する。ライン等も示し、問題点にも触れる。
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