児童ポルノの規制について

弁護士 峯本耕治
一般的には、ほとんど知られていませんが、児童ポルノに対する規制に関して、今、重要な議論が行われています。いわゆる「児童ポルノ処罰法」の改正に関して、児童ポルノの「単純所持」を刑事処罰対象にするかどうかをめぐっての議論です。インターネットの普及により、ネット上に氾濫する児童ポルノ問題が深刻化する中で、政府は昨年12月に児童ポルノ根絶に向けた総合対策を検討する「児童ポルノ排除対策ワーキングチーム」を設置し、現在、このワーキングチームにおいて、児童ポルノの単純所持の刑事処罰化が議論されているのです。現行法において既に、営利目的の販売や譲渡等については処罰対象とされているのですが、営利目的がなくとも、「自己の性的好奇心を満たす目的」で児童ポルノを単純に所持しているだけで刑事処罰の対象にしようという規制強化の改正の検討です。
ネット上に流れる児童ポルノは本当に酷いもので、一刻も放置できない状況にあります。児童ポルノは、大人が子どもを性的行為の被写体にするもので表現の自由等によって正当化する余地のない、余りにも明らかな子どもの人権侵害行為です。ですから、単純な所持であっても、許されない行為であることは言うまでもありません。また、実際にも「児童ポルノを見たい、持っていたい」という単純所持のニーズが無くならない限り、営利目的の製造•販売行為等も無くなりません。また、余り知られていませんが、国際的に見ても、日本は今児童ポルノの一大発信国になっていて、世界から強い批判を受けている状況にあります。ですから、あまり難しく考えないと、児童ポルノの単純所持についても処罰対象にすれば良いではないかということになりそうです。
しかし他方、そこには、簡単にいかない難しい問題があります。刑事罰の対象とする以上は、対象となる犯罪行為が法律で明確になっている必要がありますが、いざ考えてみると、「児童ポルノ」とは、どの範囲のものを指すのか、明確に定義づけることは容易ではありません。実際に、現行法の「性欲を興奮させ又は刺激するもの」等の定義も、主観的な要素を含んでいて曖昧な感をぬぐえず、芸術的価値のある作品等の場合には、難しい問題が生じます。また、たとえば、ネットに接続されているパソコンでは知らない間にデータが送られているということも十分にありえますし、自分が知らない間にパソコンに児童ポルノ画像がダウンロードされているというような事態も起りえないではありません。そんな時に、何らかの事情で警察から職務質問や所持品検査を受けて、たまたま所持していたパソコンに保存されているデータ中に児童ポルノ画像が発見されれば、それが自分が知らない間に取得されたデータであっても、児童ポルノの単純所持罪で現行犯逮捕されるということも起りえてしまいます。定義自体が曖昧な上に、単純所持については営利目的の譲渡や販売行為と異なり、積極的な要件で絞ることができないため、どうしても、範囲が広がる危険性があり、結果として、捜査機関等によって濫用される危険性も高くなってしまうのです。
単純所持の処罰化には、このような問題点があるために、日本弁護士連合会も、児童ポルノについて、①現行法における児童ポルノの定義を限定かつ明確化することを求めると共に、②単純所持の刑事犯罪化には反対しています。その上で、③処罰対象にはしないが、「法律で児童ポルノの単純所持が違法であることを宣言し、これを禁止する必要がある」との中間的な意見を出しています。
単純所持を法律で明確に禁止し児童ポルノに対する社会の認識や風潮を変える必要があるが、他方で、濫用等の危険性があるので、犯罪として処罰対象にすることは難しいという、苦肉の策といって良い意見ですが、どうもすっきりしない意見です。
実際にネット上に氾濫している児童ポルノは厳密な定義を問題とするまでもなく人権侵害であることが明らかなものが、ほとんどです。その点から、私自身は、子どもの人権に取り組む者としては、本来はこんなややこしい議論をせずに処罰対象にしてもらいたいというのが率直な思いですが、他方、法律家として考えると、確かに、捜査機関による濫用の危険性は怖い面があると感じてしまうのです。
なかなか難しい問題なのですが、皆さん、どう思われますか?
こんな議論をしている間に、児童ポルノがどんどん生み出され、流出していくことだけは避ける必要があります。単純所持の処罰化の議論だけでなく、現行法を前提にして、より徹底して、法律を適用し、児童ポルノを取り締まっていく人的体制の整備、専門チームの育成•整備等が、より重要な課題だと思われます。
子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして
清水克之(著), 佐藤拓代(著), 峯本耕治(著), 村井美紀(著), 山野良一(著), 松本伊智朗(編集) / 明石書店 / 2010年2月5日
<内容>
子ども虐待と貧困との関係を乳幼児期から青年期までの子どものライフステージに沿って明らかにする。執筆者のまなざしは、親の生活困難に向けられ、子どもと家族の社会的援助の必要性を説き、温かい。貴重なデータも多数掲載している。
峯本弁護士が著者のおひとりに加わられている本です。
副書名にありますように私たちも願いながら読みたいと思います。
子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて
小林美智子(著), 松本伊智朗(著) / 明石書店 / 2007年12月6日
<内容>
公権力の介入を求めるまで深刻化した子ども虐待。だが介入は虐待防止の切り札といえるのか。2005年の日本子ども虐待防止学会シンポジウムの記録を基に編まれた本書は、日英の経験をふまえ、虐待を防ぐために本当に必要な「ケアする社会」を構想する。
スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信
山野則子(編集), 峯本耕治(編集) / ミネルヴァ書房 / 2007年8月1日
<内容>
はじまったばかりのスクールソーシャルワーカーの活躍を描く。スクールカウンセラーや養護教諭とともに様々な問題に悩む親子に、社会的問題を含めて解決にあたる事例を紹介します。今までにない児童生徒へのアプローチに非常な関心がもたれています。
子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題
峯本耕治(編集) / 明石書店 / 2001年12月12日
<内容>
先進的なシステムをもつイギリスの児童虐待防止制度の詳細と、実際の運用状況を具体的に紹介する。ライン等も示し、問題点にも触れる。
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