高塚高校校門圧死事件と泉南市プール事故

弁護士 金子武嗣
神戸の高塚高校校門圧死事件から30年になります。
1. 高塚高校門扉圧死事件
「平成2年(1990年)7月6日、兵庫県神戸市西区の兵庫県立神戸高塚高等学校で、同校の教諭が遅刻を取り締まることを目的として登校門限時刻に校門を閉鎖しようとしたところ、門限間際に校門をくぐろうとした女子生徒(当時15歳)がその校門にはさまれ、頭蓋骨粉砕骨折等の重傷を負い、搬送先の国立神戸病院で脳挫滅により死亡。高塚高校での管理教育が社会的に問題となった。教諭は刑事起訴され、神戸地裁から禁錮1年•執行猶予3年の判決をうけた。また、学校側が門扉撤去をしたが撤去は不当だとして工事費などの返還を求める住民訴訟が起こされたが、撤去の措置を適法として、住民側の訴えを棄却する判決が確定した。」
私は、当時同じ事務所だった秋田真志弁護士にさそわれて、青木佳史、峯本耕治弁護士と共に、住民訴訟を担当しました。
2. 20年後の遺族の気持
裁判終了後も、所薫子さんや森池豊武さんなど市民の方が「高塚門扉」という機関紙をずっと出し続け、私のところに送っていただいています。
事件から約20年後、平成23年の「高塚門扉」に、そのご両親にかわって平栗勲という遺族の代理人弁護士さんが、次のように、書いています。
「あの事件、高塚門扉の圧死事件がなければ、今ごろ僚子さんは──というのは被害者の女子高校生なんですけど──得意な英語の先生になり、普通の女性として家庭を持ち、両親にとって孫に囲まれた幸せな日々を過ごしていたことでしょう。
あの日以来、家族の生活は一転し、いまだ僚子さんの死を受け入れられないトラウマが続いています。JR福知山線脱線事故同様に、残された家族のトラウマは永遠になくなることはないでしょう。それどころか、自分の将来を託して真面目に勉強していた学舎──自分の学校ですね──学舎で理不尽な事故により死亡した僚子さんの悔しさは持って行き場のないやりきれないものです。僚子さんは決して家族のもとへ帰ってくることはないですから。」
これは事件から20年後の遺族の気持ちです。20年たっても癒されることがない、「いってもせんない、辛い気持ち」を書いておられます。
3. 泉南市プール死亡事件
これを読んでいた同じ頃、大阪府の泉南市で、プール事故がありました。
平成23年(2011年)7月31日、一般公開中の大阪府の泉南市立砂川小学校プールで、小学1年生の男子生徒が溺死した事件。プールは、教育委員会が民間業者に管理を委託していたが、その管理が杜撰であり、社会問題となった。泉南市は、有識者からなる「プール事故児童死亡事故調査委員会」を同年9月に設置し、委員会は調査をして同年12月26日に報告書を提出し、泉南市は改善を約束した。事件は刑事事件となり、平成25年(2013年)2月27日に泉南市教育委員会担当職員と委託を受けた業者などが略式起訴され罰金刑となった。
泉南市は平成23年(2011年)9月に事故調査委員会をつくりました。泉南市は、調査委員会に事故原因を調査し再発防止を提案してくれという依頼をしました。私は、請われて委員長になりました。私が調査委員長になったときに、まず何をしたか。まず、遺族であるご両親の家に行ったんです。訪問できるかなと逡巡したんですけど、「来てもらっていい。」という話になって、ご自宅へ行きました。訪問したときお母さんに申し上げたのは、「委員会をどういうふうに思っておられるかわかりませんけど、できる限り事実を調査して、このような、お宅の子供さんのような悲劇が繰り返されないような防止策を提言したい。」ということでした。
委員会の調査結果と再発防止策を提言したとしても、ご両親にとってどれだけ意味を持つかどうか、意味があるかわからないけど、事故にかかわった私の使命だと思いますから、その結果を、必ず年内には報告します。ということをお約束しました。
事件が起こってわかったのは、「脆弱な信頼」のもとで、誰も責任を持ってなかったことでした。全ての事故につながるのかもしれませんけど、要するに頭でわかっていても、実感としてわかっていなければ見えてないんですよね。何も。事故は普遍的なんです。
もう一つわかったことがある。これは誰に起きても不思議のない事故だったということでした。たまたま被害をうけたのは小学校1年生のH君だったけれど、どこの子でも起こったかもしれない事故だったのです。
これは高塚門扉事件と共通でした。
4. 私たちは被害者(遺族)とどのように向き合えばいいのか
その年、平成23年(2011年)12月26日に調査報告書を提出しました。市長に報告書を提出した後に、約束したとおり、もう一度被害者のご両親の家へ行ったんです。そして調査報告書を彼の遺影にささげご両親との約束を果たすことができました。
ただ、それによってこのご両親が癒されることはないだろうということは思っているんです。しかし、事故の詳細を、問題点を、世間の人たちがどう思っているのかの一端でもご両親が知っていただけたら、これらを調査した事実の中から一生懸命私たちが考えた改善策というようなものを知っていただけたら、何よりも約束を守ってくれた、と思っていただけたら、••••私がこの事件に関与したかいがあっただろうというふうに思っています。
第三者である私たちが事件に関わり、被害者(遺族)と関わるということはそういうものなのです。
基本には、被害者の悲しみというか、それを見据え、向き合うことが必要だということがあるのです。
歴史の精神を感じながら 金子武嗣著作集
金子武嗣(著) / 日本評論社 / 2019年6月10日
<内容>
基本的人権擁護とこれを支える職業である弁護士、という価値観に忠実に活動を続ける一弁護士の理論と軌跡が凝縮された著作集。
私たちはこれから何をすべきなのか 未来の弁護士像
金子武嗣(著) / 日本評論社 / 2014年7月25日
<内容>
弁護士•弁護士会の歴史と著者の弁護士としての足跡を重ね合わせ、今と未来に向けて弁護士の存在意義と新たな社会的役割を提言する。
弁護士業務と刑事責任: 安田弁護士事件にみる企業再生と強制執行妨害
金子武嗣(編集), 石塚伸一(編集) / 日本評論社 / 2010年4月1日
<内容>
依頼者の法律相談に親身に応じた弁護士がなぜ強制執行妨害で起訴されなければならないのか。安田好弘弁護士に対する刑事責任の追及に対して、それを不当と考える人々が事件の奥に潜む問題の核心に迫る。
死刑廃止法案 (年報•死刑廃止2003)
保坂展人, 金子武嗣, 菊田幸一, 大山武, 他(著), 年報•死刑廃止編集委員会(編集) / インパクト出版会 / 2003年7月15日
<内容>
いまや世界的な潮流である死刑廃止の流れを受けて、日本でも「死刑制度調査会設置法案」が上程されようとしている。同時に導入される特別無期刑など、この法案の論点•問題点を分かりやすく整理。これに先立つこと50年前の国会で、羽仁五郎、正木亮らによる死刑廃止をめぐる貴重な論議も収録。ライアン•イリノイ州知事の演説掲載。
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