「鉄の門扉が奪ったもの」 (『学校は変わったか』より)

衆議院議員 保坂展人
ぼくは、兵庫県立神戸高塚高校に向かって歩いていた。
はじめて降りた神戸市営地下鉄の終点「西神中央駅」の改札を出ると、高い天井のコンコースの上に輝くステンドグラスにとどまった。白っぽいタイルが敷きつめられた駅前には、デパートやショッピングセンター、大型スーパーなどが整然と並んでいる。
まるで、画用紙の上にコツコツと描いたイラストのように無駄がない。付近には、企業オフィス用インテリジェントビルもいくつか見える。
そして、街はまだ出来ていない。駅周辺だけが形を成しているが、ほんの数歩離れると草ぼうぼうの空き地か、または鉄板の柵で囲われたビル工事現場のようだ。
学校指定のバックを肩からかけた高塚高校の生徒たちは、駅から黙々と学校への道のりを急いでいる。その列にまぎれるように、ぼくもまた歩きつづけた。駅前の信号を渡ってしまうと、学校への道は一直線。片側二車線の道路脇の舗道を、7~800メートルの長い行例が動いていく。学校が近づくにつれて、空気が重くなり、呼吸が荒くなったような気がする。あの現場へと、少しずつ近づいていく。
1990年7月6日の朝、8時30分に兵庫県立神戸高塚高校の1年生であった石田僚子さんは、校門指導にあたっていたH元教諭が力づくで押した校門と門柱にはさまれて重体となり、約2時間後に救急病院で息をひきとった。高校1年生、15歳の短い生涯の終わりは不意をつくようにやってきてしまった。
この事件を聞いた時、おそらく誰もがそうしたように、ぼくもまた「校門で少女が潰される瞬間」をイメージしていた。長い間、学校事件を取材してきたけれど、こんなに衝撃を受け、体が震えた事件は以前になかった。ほとんど条件反射のように旅の支度をして、昨日の晩の最終の新幹線で神戸へと着いたのだった。
今日は事件から3日目の7月9日、月曜日の朝──。
長い直線の舗道を歩き続けると、やがて、校門が見えてきた。そこには、校門指導の教師の姿もある。マスコミも1社だけで、ほとんどいない。事件直後に多くのマスコミが殺到した光景も嘘のようだ。
「校門」は、前夜までテレビや新聞でくりかえし見てきたものだった。ぼくは、ふりかえって、生徒たちの行列を眺め直した。行列の流れは、絶え間なく駅から学校へと続いていて、ゆっくりと流れてくる。
しかし、生徒たちが手に手にテスト用の参考書や練習問題を持って歩いてくることに気がついた。長くて一直線に列を作って進んでいるために、歩きながら「直前暗記」に励んでいるようだった。ああ、今日もテストがあるんだ──高塚高校の生徒たちにとっては、当たり前のことかもしれないけれど、ぼくはとてつもない「学校の強さ」を思った。
もし、ぼくがこの学校の校長であったならば、テストはもちろん授業もしばらく中止したことだろうと思う。生徒が先生の押す門にはさまれて死ぬ──なんてことが、夢や幻ではなくて本当に起きたのだ。信じがたいことが起きた以上は、すべての予定を止めて亡くなった少女を弔うことにあてる──というのが、ぼくの感覚である。
ところが、予定は変わらなかった。事件の翌日にたった1時間の全校集会を体育館でやっただけでテストは予定どおり続いたのだ。
ぼくは事件を聞いて、全部の予定をキャンセルしてこの場に飛んできた。そして、はじめて校門の前に立った時に見たものは、ひとりの少女が命を落としても、まったく予定を変えずに進んでいく「学校の姿」だった。
(『学校は変わったか』集英社文庫より抜粋)
学校は変わったか こころの居場所を求めて (集英社文庫)
保坂展人(著) / 集英社 / 1994年9月20日
<内容>
校門圧死事件や棋士殺人事件…。いま学校で何が起きているのか、子どもたちはどんな問題をかかえているのか。現実の事件をルポし、学校が内包する諸問題を鋭くえぐる。
NO!で政治は変えられない: せたがやYES!で区政を変えた8年の軌跡
保坂展人(著) / ロッキング•オン / 2019年3月1日
<内容>
否定(NO)ではなく共感(YES)の政治を!「観客からプレーヤーへ!」と呼びかける90万都市世田谷で始まるムーブメント。涌井史郎、猪熊弘子、斎藤環、湯浅誠と語った「せたがやYES!」
親子が幸せになる 子どもの学び大革命
保坂展人(著), リヒテルズ直子(著), ほんの木(編集) / ほんの木 / 2018年9月2日
<内容>
これからの時代を生き抜いていく子どもたちにとって「学び」とは何か。
幼児期の子育てとあわせて、「親の意識」「親の教育観」も変わり始めています。
この本のキーワードは「幸せ」です。子どもや親も、先生も幸せになる教育、学校の姿をリヒテルズさんとの対話を重ねながら浮き彫りにしてみようと思います。(はじめにより)
相模原事件とヘイトクライム (岩波ブックレット)
保坂展人(著) / 岩波書店 / 2016年11月2日
<内容>
2016年7月に起こった相模原事件は、重度の知的障害者が襲撃され、19名が亡くなるという戦後最悪の被害を出した。怒りと悲しみが渦巻くなかで、加害者の障害者抹殺論を肯定する声も聞かれている。日本社会に蔓延する差別意識が最も残酷な形で現れたのが相模原事件だったのではないか。事件の本質を探り、障害者差別の根を断つ方途を考える。
佐世保事件からわたしたちが考えたこと:思春期をむかえる子と向きあう
岡崎勝(著), 保坂展人(著) / ジャパンマシニスト社 / 2005年3月1日
<内容>
現役小学校教員の岡崎勝と、教育ジャーナリストであり政治にも関わる保坂展人が、「ネット」「学校」「バーチャル」「心の闇」「家庭環境……」さまざまな原因説をこえて、語りあう。
年金のウソ 隠される積立金147兆円
保坂展人(著) / ポット出版 / 2004年6月4日
<内容>
積立金の約半分が、ODA、ダム、道路公団などで不良債権と化している!隠されている年金資金の流失を明らかにし、年金改革のために急ぐべきポイント8項目を提示する。
学校を救え!
保坂展人(編) / ジャパンタイムズ出版 / 1999年7月1日
<内容>
自分をほめられない子どもたち、若者を信用できない大人たち。制度としての学校は今、子供たちが通い続けるまま、沈没しかけている。SOSを発信し続けている子どもたちの具体的な救援策を示す。
先生、その門を閉めないでー告発•兵庫県立神戸高塚高校圧死事件
保坂展人(編), トーキング•キッズ(編) / 労働教育センター / 1990年9月1日
危ない公文式早期教育
保坂展人(著) / 太郎次郎社エディタス / 1994年5月1日
<内容>
2歳からの読書、優秀児を育てるために四六時中、胎児への読み聞かせ、小学生が方程式を解けると大宣伝している公文。その優秀児の10年後の追跡調査、教室の指導者たちの証言。幼児からのインプット漬けで、子どもはほんとうに賢くなるのか?
いじめの光景 (集英社文庫)
保坂展人(著) / 集英社 / 1994年1月20日
<内容>
“いじめ”なんかで死んじゃいけない!テレホンサービスに訴える子供たちや自殺した中学生の事件を追跡。悲痛な声と実態を取材し、いじめの原因と解決法を探る。
子どもが消える日
保坂展人(著) / 労働教育センター / 1994年1月1日
<内容>
子どもは今、安心して子どもでいられる時間を、どんどん削り落されている。子どもを消した街で、人は生きられるのか…。子どもたちの周辺で生きている人たちの声から「子どもたちの現在」をたどる。
学校に行きたくない 元気印レポート2
保坂展人(著) / 集英社 / 1984年3月1日
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