変な空気

公庄れい
去年この国は一時異様な緊張感に包まれた。そして今そのことを忘れてしまっている人も多い。市バスに乗ると運転手が「インフルエンザ感染予防のためにマスクをして下さい。」とアナウンスした。これは神戸市だけだったのだろうか。乗客の殆どはマスクをしており、マスクをしていない私を咎めるような目で見る。バスを降りて阪急電車にのる。乗客の八分くらいはマスクをしている。殊にサラリーマンらしき若い男性は百パーセント、きっと会社の指示なのであろう。夙川で電車をおりるとマスクは六割くらい、男女を問わず若い人が圧倒的に多い。素直なんだ、若い人は。
私の叔父は太平洋戦争末期、反対する父親の印鑑を盗み出して海軍に志願をして、サイパンで死んだ。帰ってきた白木の箱には遺骨の替わりに帽子が一つ、それも陸軍の古ぼけたものだった。行年17才と彫られた碑の前でお盆の度に私はシュンとしてしまうのである。満16才になっていたかどうか。
インフルエンザだ、マスクだとテレビや新聞が騒ぎ立てているときに、三宮から阪急六甲へのバス停で初老の男性が神戸高校の生徒に「お前らはバスに乗るな」と怒鳴っているのを見かけた人がいる。
バスから降りると近所の奥さんと一緒になった。「お変わりありませんか」と通り一遍の挨拶をすると80代半ばのその人は「奥さん、このごろおかしいと思いはらしません、わたし戦争中思い出して何や気色悪うてなあ」同じように感じていた私が合い槌を打つとその人は、「戦争中な、うちの近所に一人暮らしのお婆さんがおっとってやってな、あの頃よう防空演習ってあったでしょ、やっと演習終わって帰って来てそのお婆さんが、ああ、しんどかった、早う戦争が終わってくれたらええのにって独り言いうたんよ、そしたら外を通りかかった憲兵が聞いて引っぱって行かれてしもてね、たまたま私の父親が議員してたから口きいて貰い下げて来たんやけど、今神戸から来た言うたら悪い事したみたいな目で見られるでしょ」
ほんとにあの空気は何だったのだろうか。鼻の脇から空気すうすうのマスクでウイルスが防げると専門家やマスコミが信じたのであろうか。ちなみに新型インフルエンザウイルスの大きさは0.08~0.12ミクロンだという。(1ミクロンは1000分の1ミリ)
普通の理性のある人なら信じる筈のない事をあたかも真実のように行政とマスコミが一体となって流したあのやり方は、戦中の”大本営発表”とどこが違うのだろう。社会経験の無い若い人達がすんなりと乗っていくのも60数年前とは変わっていない。
2010年2月初めまでのインフルエンザ死者100余名、2009年自殺者32,753人とのことです。
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