高塚高校の10年をふりかえって

高塚高校教諭 高橋 智子
| 生徒数 | 学級数 | 学級定員 | 教員数(含校長・教頭) | 常勤講師 | 非常勤講師 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| S.59 | 376 | 8 | 47 | ||||
| 60 | 796 | 17 | 47 | ||||
| 61 | 1,254 | 27 | 47 | ||||
| 62 | 1,396 | 30 | 47 | ||||
| 63 | 1,492 | 32 | 47 | 高橋強制配転で着任 | |||
| H.1 | 1,544 | 33 | 47 | ||||
| 2 | 1,547 | 33 | 47 | 62(-1) | 4(+1) | 8 | -1は兵教大 校門事件 |
| 3 | 1,477 | 32 | 45 | ||||
| 4 | 1,387 | 32 | 40 | ||||
| 5 | 1,320 | 32 | 40 | ||||
| 6 | 1,309 | 33 | 40 | ||||
| 7 | 1,276 | 32 | 40 | ||||
| 8 | 1,227 | 31 | 40 | ||||
| 9 | 1,183 | 30 | 40 | ||||
| 10 | 1,227 | 31 | 40 | ||||
| 11 | 1,231 | 31 | 40 | 64(-3) | 2(+2) | 6 | -2は産休 -1は兵教大(裏付けなし) |
| 12 | 1,229 | 31 | 40 | 65 | 1 | 16 | 研究指定校と選択科目の増加 |
H11年度は兵庫教育大学の裏付けを講師で取らずに時間講師で潰しているのでH2年度と同じ数の教員だということになる。生徒の数は316人多い。316人といえば40人学級計算すると、8クラスに相当する。教員の数は1クラスにつき2名の配当なので、16人分の仕事を被せられていたことになる。お金に換算すると一体幾らになるのだろうか。バブルの時も学校の予算は増えなかった。
こういう状態であってみれば、目に見える事件だけではなく、何らかの弊害が生徒や教師に被さっていたことは間違いないだろう。一人一人の生徒や教師の気持ち、意見など聞いていては、毎日の学校生活は回らなかったのだ。いきおい管理をきつくし、文句を言ったり、言うことを聞かない生徒や教師は徹底的に潰していくことになる。その結果生徒は退学者や留年者の増加(石田僚子さんの学年は3年生の名簿を見ると、24人減っている。)教師は兵庫県内で100人を越す強制配転不服申立人の提訴があった。
また本採用の数は、H2年度も、H11年度も61人である。H1年度に分会の校長交渉で、せめて定員内の常任講師は本採用にしてほしいと強く言ったが、「そのうち生徒が減るのでそのとき生首を切るのは難しいから、本採用は取れない。」との説明だった。本部からも教育委員会に掛け合ったが、変えなかった。この組合は分裂し、高塚分会も2つになった年だった。あれから10年経ったが、高塚高校は学級が減らず、来年も31学級と決まった。西神地区は地震後たくさん家が建ち、いまだに中学生が増えている。学校と地域との話し合いでは、もう1つ高校を増やしてほしいとのことだった。(職員会議で教頭から聞いた。しかし高塚高校では昨年から県外の単位制高校をあちこち訪問し、検討委員会をつくって研究している。単位制になれば、6学級規模になり、教員の配当も多いのだそうだ。進学を目指す普通科単位制高校として蘇りたいようだ。)
この10年間、管理主義教育は変わらなかった。(例えば、学校では上着を脱いでセーターになるのはいけない。制服を着用すると校則にあるので。)教育条件が基本的に変わらないのに、管理主義教育を止めたら、学校はむちゃくちゃになるのではないかと言う恐れを教師たちは持っている。校門事件以後も県教委は第3学区をそのままにしてきた。今では高校生のみならず中学生や小学生にまで弊害が及んでいる。(西神医療センターの精神科の医者が3年前の講演会で年間100人単位で患者が増え、小学生の患者も出てきたと言っていた。)
兵教祖の中学校の先生の話では、第3学区は中学生の54%しか公立の学校に入れないとか。この解決策が、単位制の高校とか、総合学科の高校とか、受験の機会を2回与えようとかいうことであるらしい。また適正規模は6~8学級だと言いだし、小さい学校は統合するのだそうだ。第3学区も4校を2校にする計画だと書いてある。(この新議会の委員に高校の組合からは入っていない。)シュミレーションを見ると、最も少なくなるときでも、第3学区の中学生は6,000人はいる。私学のない田舎のほうでは100%公立高校にはいっているのに、私学のある第3学区の中学生は何時まで経っても競争から免れない。親が失業している子、母子家庭で母親の賃金が10万円くらいの子、地震の借金を抱えている家の子など、もし公立高校に入れなかったらどうするのだろうと思うと、胸の潰れる思いがする。(現在中学2年生の生徒でボランティアで知り合った子がいるのでついその子のことを思ってしまう。)母親は、高校だけは行かせたいといっているが。今でも復興住宅になって家賃を払うようになって生活がしんどくなってきたと言っている。私は教育だけはすべての子どもに保証すべきだと思ってきた。田舎に生まれた子と町に生まれた子で差をつけてはいけない。まして地震で辛い思いをしてきた子どもにこれ以上辛い思いをさせてはいけない。高塚高校校門事件を私はそういう思いの中で整理し、皆さんに訴えたい。国ではなく、市民社会による教育のコントロールが今、必要であると。政治家も組合も役にたたなかった。市民の皆さんに訴えるしかないのだ。
「門の裁判」に関係していた方々、「高塚高校を考える会」につながる方々には、本当に感謝しています。両方とも裁判に区切りがついた今、新たな展開を期待しています。市民として何を為すべきか、私も一人の市民として共に考え、行動していこうと思います。今後ともよろしくお願い申しあげます。 2000・1月11日
追記
(1) 単位制高校は北須磨高校に決定した。
(2) 2000年度第3学区の入学定員は4学級減となった。しかし高塚高校は59名の不合格者を出した。
(3) H12年度の生徒数は、4月10日現在。H12年度教員数は、5月24日以降を書き加えた。5月15日
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