子ども虐待と貧困に関するシンポジウム報告

弁護士 峯本耕治
この10月8日に、岩手県盛岡市で開催された日本弁護士連合会の人権大会において「子どもの貧困」についてのシンポジウムが行われました。例年、人権大会のシンポに先立って、各地方弁護士会において関連テーマでプレシンポを開催することになっていて、大阪弁護士会では8月21日に「子どもの虐待と貧困~負の連鎖を防ぐ子どもと家族への支援を考える」というテーマでシンポを行いました。
パネラーには、貧困と虐待問題の専門家である北海道大学教授の松本伊智朗さん、医師で母子保健の専門家の佐藤拓代さん、スクールソーシャルワーカーである金澤ますみさんに来ていただき、私がコーディネーターをつとめました。
今回は、このシンポで確認できたと思われるポイントを簡単に紹介したいと思います。全体の内容は大阪弁護士会協同組合からブックレットとして出版されていますので、関心のある方は、是非、読んでみてください。
- 当然のことですが、子ども虐待と貧困の議論は、不利や困難さを抱えている家族や子どもを追い込んだり、スティグマにつながるようなものであってはならず、支援を目的としなければならない。
- 虐待の背景に、貧困•経済問題が存在していることが多い。主たる要因が他に存在すると認められるケースにおいても、共通要因として、貧困•経済問題が存在していることが多い。貧困は、ネグレクトとの間に顕著なつながりが認められる。母子家庭の半分以上が貧困•経済問題を抱えている。
- 虐待が発生している家庭は、貧困•経済問題を抱えていると共に、孤立していることが多い。併せて、アルコール•薬物問題、精神疾患の存在、夫婦の不和、家事•育児スキルの低さ、居住環境の悪さ、親自身の生育歴の問題、子どもの分離歴の存在、子どもの基礎疾患による発達•発育の遅れからくるケアの困難さ、適切な医療行動ができないなどの社会的スキル•生活スキルの低さ等の複合的な要因•問題が存在することが多い。
したがって、貧困を単純な経済問題としてとらえ、生活保護等につなげることによって経済的な支援を行うということだけでは問題は解決せず、生活改善のための総合的な支援を提供する必要がある。 - 現在の学校状況の中では、貧困と虐待の問題は、表面的には子どもの問題行動等として、現れてくることが少なくない。それが貧困の再生産につながっていく可能性がある。
虐待を受けている子どもは、親を中心とする身近な大人との関係性において、「愛されている、大切にされている」「誰かの役にたっている」等の実感も持てないため、自尊心が高まらない。大きな不安を抱え、諦めや自信のない中で生きることによって周囲に対する不信感や孤立感を抱えることにもつながる。ネグレクト環境の中では、子どもは親から関わってもらった経験が乏しくなるため共感性が育ちにくい。そこから、人との関係においてストレスを感じやすくなったり、また、自ら誰かに助けを求めるなどの、「訴える力」も育ちにくい。暴力を受けている環境の中では、「暴力の学び」が生じ、何かを解決するときのコミュニケーションパターンの中に暴力構造が入り込むことになる。
このような虐待による発達の影響から、学齢期には子どもの非行や学校における問題行動として現れることにつながっていく。 - 虐待を生む要因としては、一般的に、①家族の生活の大変さやストレス、②孤立している、③子ども自身の育てにくさ、受け入れにくさ、④親自身の生育歴の中でのしんどい経験の4つが挙げられている。この4つの要因の絡まりあいの中で虐待が表面化してくるとすると、貧困はこの4つの要因をいずれも強化する方向で働くものである。お金があっても大変なことは、お金がなかったらもっと大変になる。
貧困は、生活そのもののストレスを強化し、対応の手段を狭め、人との関係性を絶ち、人生のスタート地点からの不利を作る等の結果として、貧困と虐待は結びつく形に見えるのではないかと思われる。 - 大阪市西区の二児の遺棄事件でも見られるように、母子保健の関わりの中においても、最近の母親は子育てに実際には困っていても、また、相談できる場所や人間関係があっても、困っていることを相談しなかったり、指導されることを嫌がり、外形を取り繕い、一人で抱え込み、頑張りすぎる傾向が強まっている。また、夫婦関係においても、母親に育児が任せっきりになっており、一番最初に頼るべき存在である父親が不在で、支えあう関係がなくなってきている。
また、孤立感を深める要因となっている子育てを取り巻く環境の変化として、①過去数十年の核家族化、少子化=兄弟数の減少=親族網の縮小、就職等に伴う地域移動、地域コミュニティーの崩壊等により、子育て家族を取り巻く人間関係が急激に縮小し、子育ての「親次第度」が強まっている。②以前と異なり、子育ての評価基準が青天井化している。子どもの自立が遅くなり、子育てはいつまでも続くし、「少しでも良い大学、良い会社」となって、どこまでいったら子育てオーケーとの基準が青天井化しており、子育てを支える人間関係が縮小しているにもかかわらず、親にかかる責任が大きくなり、更に、子育ての「親次第度」が強まっている。 - これまでの調査•経験によって、生育歴の問題、10代の若年結婚、未婚、妊婦健診未受診、母子健康手帳未発行、乳幼児検診未受診など、虐待のリスク要因は明らかになっているのであるから、リスク要因を抱えた親に対して、早期に、漏れなく支援していくことが必要である。本当に大変なことが予測される親に対して、妊娠中から子どもが産まれて小さいときの間に、プレッシャーをかけるのではなく、継続的に家庭訪問を行うことによって、離乳食のこと、排泄やしつけのこと等を一緒に考えてくれて、相談できる支援者を作ることに予算を投入すべきである。
また、学校教育との関係で虐待予防の支援を考えたときには、「日常生活の中で普通に支援が提供できる場所」として学校を考えていく必要がある。
母子保健•保育を含め、乳幼児期には子育て支援のシステムが整備されてきていると思われるが、その子育て支援•福祉的支援が、小学校に入ると、ぷっつりと切れてしまうのが現状である。学校教育を通じて、それを継続していけるシステムが必要であるが、その仕組みの一つとして、市町村に設置されている「要保護児童対策地域協議会」を機能させていく必要がある。 - こども施策という観点から考えたとき、親支援•家庭支援と共に、「多少家庭でしんどいことがあっても、子どもは保育所や学校に行けば楽しく、子どもらしい時間を過ごせる」というような、親を経由しない、子どものための直接的な支援策が必要である。
このシンポの直前には、大阪市西区の2児遺棄致死事件が発生し、新聞やテレビでも連日のように取り上げられていました。
残念ながら、このシンポでは子どもと家族への支援を主たるテーマとしていましたので、この事件について十分には触れることはできませんでしたが、この事件の背景にも、貧困の問題が存在していました。
また、この事件は、これまでに発生した死亡事件等と異なり、虐待通告の対象となった住居に誰が住んでいるのか、そもそも本当に居住しているのか、どのような家族構成なのか等の家庭に関する基礎情報が全くないケースでした。その意味で、シンポで最大のテーマとなっていた「貧困と孤立」の問題を抱えていたケースです。
幼い二児の置き去り死という悲惨な結果を見たとき、どうして最終段階において救えなかったかという思いになります。また、今回のようなケースにおいて、どのような情報があったとき、どの段階において、立ち入り調査等の強制的な介入に踏み切るかの基準作りや、それを可能にする法制度、人的体制作りが必要なことは言うまでもありません。
しかし、この事件のように、基礎情報が全くないケースでは、基本的なリスクアセスメントすら難しく、最終段階における効果的な危機介入によって事件を防止することは容易ではありません。
私自身は、今回のシンポで提案されていた「リスク要因を抱えた家庭、配慮を必要とする家庭に対して、妊娠期、乳幼児期からの家庭訪問等を通じての継続的支援を提供する」ことにより、今回のような「完全なる孤立」を防ぐことが最も有効な防止策であると考えています。
子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして
清水克之(著), 佐藤拓代(著), 峯本耕治(著), 村井美紀(著), 山野良一(著), 松本伊智朗(編集) / 明石書店 / 2010年2月5日
<内容>
子ども虐待と貧困との関係を乳幼児期から青年期までの子どものライフステージに沿って明らかにする。執筆者のまなざしは、親の生活困難に向けられ、子どもと家族の社会的援助の必要性を説き、温かい。貴重なデータも多数掲載している。
子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて
小林美智子(著), 松本伊智朗(著) / 明石書店 / 2007年12月6日
<内容>
公権力の介入を求めるまで深刻化した子ども虐待。だが介入は虐待防止の切り札といえるのか。2005年の日本子ども虐待防止学会シンポジウムの記録を基に編まれた本書は、日英の経験をふまえ、虐待を防ぐために本当に必要な「ケアする社会」を構想する。
スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信
山野則子(編集), 峯本耕治(編集) / ミネルヴァ書房 / 2007年8月1日
<内容>
はじまったばかりのスクールソーシャルワーカーの活躍を描く。スクールカウンセラーや養護教諭とともに様々な問題に悩む親子に、社会的問題を含めて解決にあたる事例を紹介します。今までにない児童生徒へのアプローチに非常な関心がもたれています。
子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題
峯本耕治(編集) / 明石書店 / 2001年12月12日
<内容>
先進的なシステムをもつイギリスの児童虐待防止制度の詳細と、実際の運用状況を具体的に紹介する。ライン等も示し、問題点にも触れる。
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