教育

子ども時代のどんな風景を思い出しますか?

弁護士 峯本耕治

 皆さんもそうだと思いますが、私は遊びの場面が次から次へと思い浮かびます。野球やサッカー。ビー玉。小5~6年にかけては、学校が終わってから家の前の公園で友達とビー玉をするのが楽しみで、楽しみで、毎日ワクワクしながら帰ってきました。(大学時代は、これが麻雀に代わり、1年365日中300日は麻雀をしていました)。夏休みは蝉取り。蝉取りの天才を自称していました。今は温暖化の影響でクマゼミが大繁殖して、簡単に取れるようになってしまい、自慢できず残念ですが。土が積み上げられ、コンクリートの土管が転がった空き地での戦争ごっこ、等々。もちろん、ほとんどの場面に友達が登場しますが、夕方友達と別れた後に、家の前の公園で一人でサッカーボールを蹴ったり、家の壁を相手にキャッチボールをしたりの一人遊びも大好きでした。
 9月3日•4日に札幌で日本子どもの虐待防止学会(JaSPCAN)の全国大会が開催されました。虐待防止に取り組んでいる医師、福祉関係者、教育関係者、司法関係者等が2000人規模で集まる年に1回の大きな大会です。その初日の記念講演で東大の教育学部の教授の汐見稔幸さんがお話しをされました。有名な先生なので、どんなお話しをされるのか楽しみにしていたのですが、予想以上のお話しでしたので簡単に紹介したいと思います。
 テーマは「子ども期の喪失」です。導入のお話しが印象的なものでした。東大の学生に同じ質問をすると、何人かの学生は「友達と一緒に遊んでいる場面は思い出せない。部屋の中で勉強している自分しか思い出せない」と答えるというのです。

  • 人には「原風景」としての子ども期があって、それが、人の価値観や他者への基本的な信頼感、自分自身の肯定感•自尊感情の醸成に大きな影響を与えている。
  • 今、この子ども期が、激しい情報化社会の中で急激に失われてきている。テレビやビデオ、ゲーム、インターネット、携帯電話等は、子どもに対し、大人と全く同じ情報をストレートに提供するもので、今日の情報化社会は、大人と子どもの知り得る内容を、基本的にはその境を無くす方向で変えてきた。結果として、情報処理能力がまだ十分に育っていない子どもは、ゆっくりとした学びの機会を失ってしまった。
  • たとえば、性に関する情報を見ても、子どもがビデオやインターネットを通じて、全く大人と同様の情報に接することになり、性的な成熟、人間的な成熟を待たないまま性的関係に入ることになり、様々なリスクに晒されている。
  • 調査によると、諸外国の子どもと比較して、日本の子どもの自尊感情が極端に低くなっている。その背景には、成績至上主義的•競争主義的な文化だけでなく、いつも親の評価のまなざしが自分の周囲から消えない環境がある。常に他者の評価を心のどこかで気にし、「この私のありのままでよいのだ」という感覚を持てない子どもたちが増えている。その意味で「しかりすぎ」だけでなく、「ほめすぎ」も問題である。

 大まかにはこんな感じでしたが、子ども期の大切さ、遊びの大切さを改めて実感できる、たいへん興味深く、同時に、暖かいお話しでした。特に、情報化社会によって、子どもが大人と同じ情報にストレートに晒されることが、子ども期の喪失につながっているというのは、そう言われると当たり前のことなのですが、新しい視点でした。

 この汐見先生のお話を聞いていて、もう一つ感じたことがありました。
 それは、画一的な情報化社会が進めば進むほど、子どもたちの学びの経験に、経済力による差がついてしまうのではないかという不安です。
 テレビやインターネット、ゲーム等からの情報は誰でも安価に得ることができます。しかし、子ども達の周りから自然が失われ、また、遊び場が失われてきているということは、子どもが自然を経験し、遊び場を確保するにはお金が必要になることを意味します。また、友達との遊びによって様々な人間関係を学ぶ機会が減り、また、地域社会が失われていく中で様々な大人と出会う機会が減っているということは、人間関係を学び、様々な人と触れ合って様々な経験をするためにはそれだけのコストがかかるということを意味します。つまり、私たちの子ども時代には、普通に得ることができていた経験を、今はお金で買わないといけない時代になっているということです。
 行きつく先は階層社会です。階層化の問題は、単なる経済力の固定化の問題ではなく、学びの文化、学びの経験の固定化の問題ではないかと思います。
 階層化社会と言われているイギリスにいたときにも、そのことを実感したことが何度かありました。成功しているかどうかは別にして、イギリスはそれを打破するために、様々な取組をしています。日本は何の手当もないままに、その方向に急激に近づいています。

 最初に書いた子ども時代の原風景からすると、私は、一番幸せな時代に育ってきたのかも知れません。どうなるのでしょう?

教えから学びへ;教育にとって一番大切なこと (河出新書)教えから学びへ;教育にとって一番大切なこと (河出新書)

汐見稔幸(著) / 河出書房新社 / 2021年7月22日
<内容>
なぜ教育には「~しなければならない」が多いのか? どうすれば「みずから学ぶ」環境はつくれるのか? 教え方ではなく、子どもの学びの深め方からいま必要な教育の本質を考える。




子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして子ども虐待と貧困―「忘れられた子ども」のいない社会をめざして

清水克之(著), 佐藤拓代(著), 峯本耕治(著), 村井美紀(著), 山野良一(著), 松本伊智朗(編集) / 明石書店 / 2010年2月5日
<内容>
子ども虐待と貧困との関係を乳幼児期から青年期までの子どものライフステージに沿って明らかにする。執筆者のまなざしは、親の生活困難に向けられ、子どもと家族の社会的援助の必要性を説き、温かい。貴重なデータも多数掲載している。


子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて子ども虐待 介入と支援のはざまで: 「ケアする社会」の構築に向けて

小林美智子(著), 松本伊智朗(著) / 明石書店 / 2007年12月6日
<内容>
公権力の介入を求めるまで深刻化した子ども虐待。だが介入は虐待防止の切り札といえるのか。2005年の日本子ども虐待防止学会シンポジウムの記録を基に編まれた本書は、日英の経験をふまえ、虐待を防ぐために本当に必要な「ケアする社会」を構想する。


スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信スクールソーシャルワークの可能性: 学校と福祉の協働•大阪からの発信

山野則子(編集), 峯本耕治(編集) / ミネルヴァ書房 / 2007年8月1日
<内容>
はじまったばかりのスクールソーシャルワーカーの活躍を描く。スクールカウンセラーや養護教諭とともに様々な問題に悩む親子に、社会的問題を含めて解決にあたる事例を紹介します。今までにない児童生徒へのアプローチに非常な関心がもたれています。


子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題子どもを虐待から守る制度と介入手法―イギリス児童虐待防止制度から見た日本の課題

峯本耕治(編集) / 明石書店 / 2001年12月12日
<内容>
先進的なシステムをもつイギリスの児童虐待防止制度の詳細と、実際の運用状況を具体的に紹介する。ライン等も示し、問題点にも触れる。



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