被害者が癒されること•••泉南市プール事故児童死亡事故調査委員会の委員長をして

弁護士 金子武嗣
1. はじめに
平成23年7月31日、一般公開中の泉南市立砂川小学校プールで、小学1年のH君が溺死しました。泉南市は、大阪府の南に位置する約6万3000人の小さな市です。管理の委託をうけた業者はもちろん、委託した泉南市の職員に問題があったのではないか?
マスコミに大きく報道され、社会問題となりました。「大阪府泉南市のプール事故児童死亡事故調査委員会」が事故の約1ヶ月後、9月に設置され、請われて私が委員長をつとめることになりました。調査委員会の役割は、事故についての関係者の責任を追及することではありません。事故原因を調査し、二度とこのような悲惨な事故がおこらないように再発防止策を提案するということでした。平成23年9月末から3ヶ月間、かなりハードな調査で、12月26日に報告書を提出しました。
2. 被害者遺族の思い
2012年2月26日の「高塚門扉」で平栗弁護士が「ご遺族に代わって」という寄稿をされています。「あの日以来家族の生活は一転し、いまだ僚子さんの死を受け入れられないトラウマが続いています。••••残された家族のトラウマは永遠になくなることはないでしょう。それどころか、自分の将来を託して真面目に勉強していた学舎で理不尽な事故により死亡した僚子さんの悔しさはもって行き場のないやりきれないものです。それが当時の管理教育の犠牲であると主張してもせんないことです。だからといって僚子さんは決して家族の元へ戻ってくることはないのですから。」と述べられています。
これを後で読んで、本件事故のH君のご両親に共通する思いを感じました。
私は、委員長に就任した後、まずご両親のお宅を訪問しました。ご両親は私の訪問を受け入れてくれました。その時はお母さんだけでしたが、私が申し上げたのは、「委員長として事実を調査し、そして2度と泉南市でH君のような悲劇が繰り返されないような防止策を提言したいと思います。それがご両親にとってどれだけの意味があるかもわかりません。しかし、それがこれに関わった私の使命であると思っています。その結果は、報告書として年内にお届けします。」と約束しました。事故後の過剰なマスコミとの対応もあって、ご家族は、泉南市、そして委員会に対して、あまりいい感じをもっておられなかったようです。ただ、お母さんは、私に黙って頷いてくれました。私は、この約束を抱えて調査に入りました。
3. 「脆弱な信頼」のもとでの「責任なき体制」
調査には、泉南市を含め、多くの関係者の協力が得られました。事実は相当程度明らかになり、改善策も提言できたと思います。調査で、わかったことは次のとおりでした。
まず、関係者に「危険性の認識が欠如していた」ということでした。関係者は、プール事故発生の危険性を「頭」ではわかっていたのです。しかし、「実感」としてわかっていなかった。
次に、泉南市も業者も、「誰も責任をもっていなかった」ということでした。泉南市は業者へ任せました。任せられた業者は、現場の管理人に任せ、管理人は監視員に任せたのです。「ちゃんとやってくれるだろう」と信頼のもとにです。監督する側の泉南市教育委員会は、教育総務課に、教育総務課は担当者に任せたのです。
「ちゃんとやってくれるだろう」と信頼のもとにです。
事件がおこってわかったことは、基本になった「信頼」は、とても「脆弱」なものでした。「脆弱な信頼」の名のもとに、誰も責任をもっていなかったのです。
そもそも、事故を予防する監督システムは、監督のための組織•体制(ハード)と、それを支える者の意識(ソフト)によって成り立っています。ハードが形だけできちんとなってなかったら、また、ハードはあってもソフトが十分でなかったら、監督システムは十分に作動しないのです。泉南市のプール開放では、業者の監督体制は、ハードすらできておらず、泉南市の監督もハードは形だけ、ソフトは十分ではありませんでした。「脆弱な信頼のもとでの責任なき体制」であったことが判りました。これは東電の福島第一原発の事故に通じるものです。委員会は、多くの改善策を提案しました。ここでは書ききれないので、これも含め、報告書を見てください。泉南市の下記ホームページに全文が掲載されています。
http://www.city.sennan.osaka.jp/kyouikusoumu/pool_jiko.htm
4. 市民の関心の高さ
本件の被害者は、H君でした。しかし、調査の結果は、誰に起こっても不思議のない事故でした。
私たちは、調査の過程で、市民にアンケートをとりました。11月4日から30日という短い期間に、3405通、人口6万3000人の小さな市で、約5%に相当する市民からアンケートが集まり、関心の高さを示しました。厳しい意見も数多く寄せられました。これも報告書に要旨が記載されています。
市民は、本件事故を自分のこととして考え、被害者遺族に共感してくれたのではないかと思いました。
5. 被害者が癒されるには
プール管理の問題点と改善策を指摘した報告書は、反響を呼びました。
12月26日、市長に報告書を提出した後、私は、再度H君のご両親宅を訪れ、報告書を彼の遺影に捧げました。
私はご両親との約束を果たすことができました。
ただ、この報告書で、ご両親が癒されることはない•••とも思います。
しかし、事故の詳細を、問題点を、世間の人たちがどう思っているか••その一端でも、ご両親に知っていただけたら、これら調査した事実の中から私たちが一生懸命考えた改善策を知っていただけたら••••そして、何よりも「約束を守ってくれた」と思ってもらえたら、私が本件に関与できた甲斐があったと思うのです。
6. おわりに
その後、泉南市が報告書を受けて改善に着手したそうです。
ご両親は、賠償金を、プール事故防止のために、泉南市に寄付される意向とのことです。
この委員会は、私の生涯でも、忘れられないものの1つになりそうです。
※泉南市のホームページ「砂川小学校プール児童死亡事故関係について」に詳しく記載されています。
歴史の精神を感じながら 金子武嗣著作集
金子武嗣(著) / 日本評論社 / 2019年6月10日
<内容>
基本的人権擁護とこれを支える職業である弁護士、という価値観に忠実に活動を続ける一弁護士の理論と軌跡が凝縮された著作集。
私たちはこれから何をすべきなのか 未来の弁護士像
金子武嗣(著) / 日本評論社 / 2014年7月25日
<内容>
弁護士•弁護士会の歴史と著者の弁護士としての足跡を重ね合わせ、今と未来に向けて弁護士の存在意義と新たな社会的役割を提言する。
弁護士業務と刑事責任: 安田弁護士事件にみる企業再生と強制執行妨害
金子武嗣(編集), 石塚伸一(編集) / 日本評論社 / 2010年4月1日
<内容>
依頼者の法律相談に親身に応じた弁護士がなぜ強制執行妨害で起訴されなければならないのか。安田好弘弁護士に対する刑事責任の追及に対して、それを不当と考える人々が事件の奥に潜む問題の核心に迫る。
死刑廃止法案 (年報•死刑廃止2003)
保坂展人, 金子武嗣, 菊田幸一, 大山武, 他(著), 年報•死刑廃止編集委員会(編集) / インパクト出版会 / 2003年7月15日
<内容>
いまや世界的な潮流である死刑廃止の流れを受けて、日本でも「死刑制度調査会設置法案」が上程されようとしている。同時に導入される特別無期刑など、この法案の論点•問題点を分かりやすく整理。これに先立つこと50年前の国会で、羽仁五郎、正木亮らによる死刑廃止をめぐる貴重な論議も収録。ライアン•イリノイ州知事の演説掲載。
Sponsored Link









