スペジュとモージュ

公庄れい
もう二十年も前のことになるかしら。韓国ハプチョンの市場の一隅でおいしそうな匂いをさせている店があった。数人分の椅子がテーブルを囲み、テーブルの真ん中には白菜キムチの鉢がおかれている。片隅でおばさんが大きな鍋からスペジュをどんぶりに入れてくれる。客はスペジュを食べながらキムチに箸をのばす。取り箸などという物はない、好きなだけ自分でとって食べるのである。韓国の人が日本の食堂に入って驚くのは小さなお皿に盛られたあのささやかな漬物の量だという。韓国ではふつうキムチは食べ放題というのが多いかららしい。
スペジュは日本のスイトンのような食べ物だが具はじゃがいもだけ。濃いだしじゃこのダシに塩と醤油で味をつけ、ぐらぐらと煮立っている汁の中へ小麦粉を練ったものを木杓子の上から箸で切りながら落としていく。小麦粉は多分前の晩から練ってねばりを出しているのだと思う。じゃがいもの柔らかさと、小麦だんごの弾力と濃いダシ汁の味だけの素朴な味だが非常においしい。
おばさんは客の数に合わせて適宜じゃがいもとだんごを汁の中へ落としていく。じゃがいもは薄い輪切りですぐ火が通るように切られている。韓国のじゃがいもはとてもおいしく日本のさつまいものように天ぷらにして市場などでも売られている。
モージュはテグの食堂で朝食の前に呑んだ一種のお酒である。私を食堂へ連れて行ってくれた人は、モージュは酒のお母さんで胃袋の疲れを癒してくれる、二日酔いの時なんかに良いのだと教えてくれた。
味は甘酒とどぶろくの中間のような味ですーと喉に通っていく本当にやさしい味だった。
スペジュもモージュも韓国の庶民の暮らしの中から生まれた母親の優しさそのものの味だった。私にこの味を教えてくれた韓国の被爆者の方々は今生きておられるかどうか。
Sponsored Link





