保育•教育

定時制高校 青春の短歌

県立神戸工業高校 元教諭 南悟

 この7月、宝塚市でブラジル人女子中学生が自宅に放火し家族を死傷させる傷ましい事件が起こりました。軽々に論じられませんが、彼女の悩みや苦しみに耳を傾け寄り添う人が誰もいなかったことが悔やまれます。一番身近にいた教師がその時々の彼女のSOSともとれる言動に正面から向き合えなかったのも無念です。
 学校だけでは解決できない、外国人生徒やその保護者の処遇など社会構造的な問題ですが、それでも定時制高校にこそ問題を解く鍵があるように思えてなりません。折しも兵庫県教育委員会は、宝塚市唯一の定時制高校の良元校を、川西高校、市立伊丹高校とともに二◯一二年に募集停止にする予定です。地域の市議会、PTA連合協議会、市民、生徒卒業生、障害者、教職員組合など広範な人々が存続を求めて取り組んでいます。二◯年前、兵庫県教育委員会は「厳しい生徒指導」の元で石田僚子さんに犠牲を強いた責任を果たすことなく、ここでも弱い立場にある生徒の学ぶ場を切り捨てようとしています。
 長引く不況で定時制高校の必要性がますます高まっています。定時制高校の存続を求めて行きます。

鉄筋運ぶ女子生徒

好奇心始めた現場しんどいがメットかぶって鉄筋運ぶ  松田歩 (2009年)

 昨春入学した女子生徒です。建築現場の鉄筋工として、六月から働き始めて六ヶ月間、マンションの完成まで続けました。小さな体で、いつまで続くのか心配しましたが、厳しい夏の暑さも、熱中症で一日欠勤しただけで乗り越え続けました。
 中学校では、荒れた生活を送り、警察、家庭裁判所の世話になって、一時保護所から児童福祉施設での生活が一年半も続きました。高校進学の選択で他府県にある全寮制に入りましたが、一学期で退学し、自宅に戻ってアルバイトに専念しました。その頃出会った神戸工業高校の女子生徒の勧めで、人生を立て直そうと入学しました。
 両腕に刻まれたタバコの焼け跡の「根性焼き」の数の多さと刺青の痕が、彼女のこれまでの生き辛さを物語っているようです。
 幼少期、両親の期待を背に、塾に通い、家庭教師につき、ピアノ教室と水泳教室にも通っていました。勉強が得意な彼女ですが、中学生になった頃に、このまま、高校、大学へと進む人生に疑問を持ち始め、学校からはみ出している生徒たちに共感し行動をともにし始めたといいます。
 今の仕事は、六月に求人情報誌で応募して採用になりました。マンションの建設現場です。毎朝、五時五◯分の電車に乗って、事務所に向かいます。会社の車で建設現場には八時到着です。ラジオ体操から始めます。
 鉄筋の種類は、一番細いのが径五ミリで、最も太いのは三五ミリです。最も多いのが二九ミリで、男性の成人なら二~三本を肩に乗せて狭い足場の上を運びます。松田さんは就業規則もあって、一本でもいいそうです。マンション建設の壁や床に鉄筋を張り巡らして、鉄筋と鉄筋をハッカーという工具を用いて結束線で締めていく作業です。そこにコンクリートが流し込まれていくのです。
 同時期に入った若い男性は三人とも数日間で辞めたそうです。彼女が辞めなかったのは、人生の立て直しと、女だからと馬鹿にされたくなかったというものです。
 放課後は、週に二~三日、柔道部で男子部員に交じり、黒帯四段の男子教員に果敢に挑んでいるのが驚きです。
 授業では、時おり机に寝込む姿も見られますが、国語のプリントに見られる文字は力強くていねいで、表現力は確かなものです。この学校なら卒業できると言ってくれています。
 次の歌もあります。
朝仕事夕方学校夜柔道眠たい毎日気合で乗り切る

 二年への進級を控えたある日、「先生、とうとう取ったよ!」とパスケースから小さな免許証を出し見せてくれました。ホームヘルパーの免許状です。鉄筋工として働いた給料でヘルパーの学校に通い、念願の資格を取得したのです。彼女の表情が弾けていました。
 市内の老人福祉施設で働く彼女は、力持ちと優しい人柄からお年寄りに大人気です。


生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)生きていくための短歌 (岩波ジュニア新書 642)

南悟(著) / 岩波書店 / 2009年11月21日
<内容>
昼間働き夜学ぶ、定時制高校の生徒たちが指折り数えて詠いあげた31文字。技巧も飾りもない、ありのままの思いがこめられている。働く充実感と辛さ、生きる喜びと悲しみ、そして自分の無力への嘆き。生き難い環境の中で、それでも生き続けようとする者たちの青春の短歌。


ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春ニッカボッカの歌: 定時制高校の青春

南悟(著) / 解放出版社 / 2000年5月1日
<内容>
失敗や挫折や障害が癒され、人として生きる力が与えられる定時制高校の生徒たちの短歌、作文を紹介。NHKドキュメンタリー番組で放映。


定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)定時制高校青春の歌 (岩波ブックレット NO.351)

南悟(著) / 岩波書店 / 1994年7月20日
<内容>
「大阪で道路舗装し夕映えの神戸の夜学に車を飛ばす」毎日、汗と油にまみれて働きながら、通学する夜間定時制高校の生徒たち。短歌に詠みこまれた喜び、悲しみ、悔しさ、そして恋─青春いっぱいの姿を教師が綴る。



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